17、魔法の対決
空の上に漂っていると、カイデンは少し前の出来事を思い出す。
あの時は空高くへと落ち続ける体験で、楽しさであったり、周囲の情景というのはまるで認識の中に入ることはなかった。しかし、今、カイデンは中空に、ちょうど地面から背丈ほど離れてふわりと浮いており、冷静に周囲の状況を見る事が出来た。下から何か見えない力に支えられているかのような浮遊だった。
一体、何故、このような状況に陥っているのか。
「ぼーっとしない!」
突如、その声とともに地面に落下する。先ほどまでのふんわりとした浮遊ではなく、下から支えていた手が急に、カイデンの身体をぐっと握りしめて地面へと叩きつけたような感じだ。目玉から星が飛び出たかのように、視界が明滅する。
痛む身体を必死に立ちあがらせながら、カイデンは目の前に仁王立ちする少女を見てようやく思いだした。
ホネツキの孫はルビーと名乗り、そのまま、カイデンへと魔術魔法の練習へと連れだしたのだ。練習場所として連れてこられたのは、街から湖に降りれる岸辺である。そこで、開口一番に、彼女は体験こそが学習理解を深めると言って、簡単な魔法使いの装備として、小さな杖を一つ渡しただけで、即座に実戦へと持ち込んだ。その結果として、ボコボコにされていたのである。
「カイデン。私は補助しなくていいか」
腰に下げているレヴィアスがそう語りかけてきた。が、カイデンは首を横に振る。
「当然だ。これは俺の、僕の練習だから」
「わかった」
レヴィアスの力を借りれば圧倒的だ。事実として、前に戦った時も、レヴィアスがいたから勝てたような物だ。しかし、それでは成長も何もない。いつまでもおんぶに抱っこではカイデンの力にはならない。カイデンは地面に転がる杖を手に取ると、その先をルビーへと向けた。
「かかってこい」
そうカイデンが言った頭に、ふわりと地面を浮き上がった岩がぶつけられる。
鼻から思い切り血が噴き出て、さすがにカイデンも膝を折った。
痛い。あまりにも痛すぎる。
「生意気を言うんじゃあないよ。初心者が魔術で私に勝てるわけないだろ」
「すいません」
「だけど、いくつかわかったことがある。あんたは魔術には向いていない」
ルビーは地面の上に胡坐をかいて、カイデンに向き合った。
頭をさすったままに鼻血が止まらないカイデンを見て、ルビーは呆れて杖を軽く振って、魔術で止血をする。瞬く間にカイデンの出血は収まり、頭痛も収まった。それどころか、身体のあちこちから感じていた痛みも霞のごとく消えていた。
治癒の魔術もルビーは使える様子である。
「魔術というのは本人の才能というのがやはり必然だ。で、あんたはその才能が欠けている。その状況から、一線で使える級の魔術師、魔法使いになるには、まぁ、軽く見積もって」
ルビーがどこか他所を見ながら指を折って数える。両手の指を折って、また、伸ばしてから肩を竦めた。そんな様子を見て、カイデンは不安になる。
「少なくとも十年はかかるのか?」
「いや、25年だな。ま、気長に練習することだ。だけど、それは望まないところだろう」
「それは、まぁ」
「なので。剣士としての才能は今、見たところありそうだ。なので、だな。お前にぴったりの魔術を教えてやろう」
杖を振り回しながら、ルビーはくるりと回り、その先をカイデンへと向ける。
自信満々という様子から、一体どのような魔法を教えてもらえるのかという期待にカイデンは生唾を飲み込む。
「お前に向いている魔法は、ずばり、瞬間移動だ」
「はぁ」
「なんだ。不満か」
「いや、そうではないのですが。なんというか、地味というか」
「地味なのが強いのだ。実践してみたいが、良い練習台がいないな」
不服そうなカイデンを前に、ルビーはあたりを見回す。岸辺には背の低いひょろりとした草が風で靡いているくらいで、お目当てのいい練習台というのはいそうになかった。と、その時、ルビーの目が輝いた。少し離れた道の先を歩いている三人組が目に入ったのだ。
その三人組は、魔法使いとしてのローブを目深にかぶり、いそいそと早足で歩いている。
カイデンはその三人組を存知なかったが、もしも、知っていればそのローブが街の主流派閥であるリウス派のローブであると見抜けたであろう。
「ちょっと連中を見とけよ」
そうルビーは言うと、ぱっと消えた。が、視界の隅に映る三人の前に突如として現れると、ルビーはその三人組に対していくらか声をかける。その後すぐにもめごとが起きているらしき喧騒が聞こえてきたが、あっという間にルビーの魔法によって泥や石をぶつけられ、最終的にはローブが引きちぎられてしまった。
その後、三人組が逃げていくのをよそに、また、ルビーが姿を消した。
「ま、こんな所よ」
後ろから声をかけられてカイデンはぱっと振り向く。
そこにはローブのフード部分を三枚手にするルビーがいた。
「瞬間移動の一番の利点は、距離、速度、全てを無視できる事にあるわ。あなたのそのお喋り剣」
カイデンは腰に下げているレヴィアスに触れる。
「その剣だって間合いを詰めなければ当たることはないのよ」
「まぁ、それは」
「確かにあなたは少しばかりすばしっこいかもしれないけども、それを確実にできればより強くなれるはずよ。そして、この瞬間移動の利点は、無詠唱で出来やすい。つまり、戦士が使うには最適解。というよりも、入門として使いやすいというのがあるのよね」
「話の途中済まないが」
鞘に納められたままのレヴィアスが、会話に割って入る。
疑問がレヴィアスの頭の中に浮かんでいたのだ。
「じゃあ、他の魔法使いも使うのか?」
「そうね」
「ならば、先ほどの連中は何故、使って逃げようとしなかったのだ?」
レヴィアスが胸に抱いていたのはそういう疑問だ。別に瞬間移動の魔法については、レヴィアスの記憶からみていっても大した高等魔術ではない。実際に、他の魔法使いも使うのであれば先ほどのルビーの行動についても逃走を図ることが出来ただろう。
レヴィアスが今まで戦ってきた中でも、そういう瞬間移動を使って逃げる魔法使いはいた。
だから、今さっきにおいて魔法使いが逃げなかったのが疑問だったのだ。
攻撃に活かす瞬間移動であるならば、逃走に防御に瞬間移動を活かすことあるだろう。
そういう疑問をレヴィアスはルビーにぶつけた。
「なるほどねぇ、お喋り剣は随分と魔法に詳しいのね」
「常識的な疑問だと思うが」
「俺もそう思う」
腕を組み考えるルビーに対してのカイデンとレヴィアスはそう告げる。
だが、ルビーは余裕綽々というようににやりと笑みを見せた。
「なんてことないわ。奴らは意地があるからね」
「意地?」
「自分の魔法の方が優れているという証明ができるのに、逃げたら自分の魔法を証明できないわ」
なんともあほらしい理由だった。
レヴィアスは呆れて何も言えなくなった。
「さ、今度はもう少し専門的にやってみようか」
楽しそうにルビーが杖を構える。
その時、爆音がカイデンとルビーの身体を震わせた。




