15、賢者ホネツキ
空高く聳え立つ学問塔の前でカイデンは途方に暮れていた。
と、いうのも、学問塔にやってきて、その門番に入門するにはどうすればいいかというのを尋ねたのである。しかし、それに対しての返答はそっけない物で、まずは基本的な魔術を修習してそれから、発展形や応用系の魔術を学ぶことになっていくという。では、基本的な魔術というのは、どういう期間を要するのかというと、数年は必要とするらしい。
また、そこから応用系となると、さらに多大な年数がかかるそうだ。
それほどの時間をかけて大魔法使いになる。
「生憎と、それまで待っていられないな」
「じゃあ、帰った方がいいね」
若い門番から冷たくそう言われ、カイデンは途方に暮れるしかなかったのだ。
もっとも、そうであっても入門した方がいいとリタは主張し、一人、門番から色々と手続きを進めており、学問塔の奥へと進んで行った。
門番のいう事が正しいのは十分にわかっている。カイデンは魔術についてあまり、詳しいわけではない。それであっても、魔術をそう容易に習得できるものではないというのは理解できている。一朝一夕で強くなるような、そういう上手い話はなかったわけだ。であれば、ガスの言っていた事は、悪意があっての事だろうか。あるいは、あくまでも基礎的な事を学べば強くなるだろう、という事なのだろうか。
そうは思えない。
確かにノーヴィア出身の傭兵が強かったのは、魔術を使いながら戦うという点があるだろう。
しかし、全ての傭兵が魔術を納めてから傭兵をしているとは思えない。
何かがあるはずだ。
「そこの若いの」
学問塔の前の階段に座って、そんな風に考え事をしていたところ、声をかけられた。ついに、門番から注意をされてしまうのかと思っていたが、門番の若さの声ではなく、カイデンはちらりと顔を向ける。
そこには、一人の老人がいた。
「学問塔の前で落ち込むとは落第生か何かかね?」
「いや、大魔法使いっていうのは恐ろしく時間がかかるなと思っていまして」
「君は大魔法使いには見えんよ」
老人はカイデンの足のつま先から、頭のてっぺんまでをジロジロと見ながら言った。
「どちらかというと冒険者だね。隣に座っても良いかな」
「どうぞご自由に」
カイデンの許しを得た老人は、ゆっくりと腰を下ろした。
「どうして魔術を覚えたいんだい?」
「強さを得るためです」
「ならば、一つ良い事を教えてやろう。若いの。わざわざ魔法使いなんぞならんでも十分に強さを得れる」
「しかし」
「ノーヴィアは確かに魔術を活かした戦士が多い。だが、それが全てではない」
「つまり?」
「早く走れる者が即ち泳ぎがうまい訳ではない。若いの。ちょうど、実を言うとな、一人」
ちらりと、学問塔の前にいる門番を見た老人は、バツの悪そうな顔を見せ、場所を変えようと提案してきた。それを断る理由もカイデンにはなく、従う事とした。老人の後ろを歩き、学問塔から離れていく。そうして辿り着いたのは、ノーヴィアの外れにある小さな尖塔だった。学問塔とは見劣りするが、それであってもかなり背の高い建物であるのは間違いなかった。
その塔に老人は入り、カイデンにも入るように手招きする。
塔の中へと入ると、壁をびっしりと棚が埋め尽くしており、その棚の全てにひしめくように本が並んでいた。
「この塔は?」
「若いの、ノーヴィアの街では二つの学派がある。それは、リウスが率いる学問塔の連中、そして、それ以外の諸派と言ってもいい連中。こちらはその諸派の中でも、一応、一番大きいホネツキ派だ」
「そして、あんたがその首というわけか?」
「おっおっ、ここではそのような事は言わない。諸派においては誰が偉いという事はない。各々が魔術を、自らを高める事を、利益の追求を目的としているからな。誰かが偉いとするとトラブルの元だ」
とは言いつつも、老人は塔の中で最も居住性の良さそうな部屋へと進んでいった。
「さて、何の話だったか。そうそう、お主の成長の話だな。魔術をリウス派の連中が教えるとなると、時間がかかる。だが、わしらは違う」
骨の目立つ手で、机の上にある先の鋭いペンを手に取った。
「体系的に教えたとてお若いのが使えるとは思えん。だが、その一部でも血肉に変えることはできる」
「よくわからないですけど」
「つまりだ。すべての魔法を使おうなどと思わなくていいという事だ。何かを活かす。尖った技術を持つ。それが強さへと繋がってくる。お前さんは、魔法使いとして大成したいならば、すべての魔法を知る必要があるだろう。しかし、そうでないなら、一つだけ、あるいは、いくつかだけを覚えればいい」
「つまり、この街で腕を上げた傭兵っていうのは」
「このホネツキ諸派で、自分に必要な魔術を学んだ者がほとんどだ。さて、自己紹介がまだだったな」
老人はすっと、手を差し出してくる。
「わしがホネツキじゃ。昔は勇者と共に魔王を倒す旅に出たもんじゃったよ」
ちらりと、カイデンは腰から下がったレヴィアスへと目を向ける。
果たしてそうだったか。
レヴィアスは古の時代を思い出そうとしていた。しかし、一向に思い出すことが出来なかった。
が、そんな事はお構いなしに、カイデンはホネツキの手を取った。
「俺に必要な魔術を教えてくれ」
別段、カイデンは魔法使いとして大成したいわけでもない。
ただ、強さだけが得られればいい。
「承知した。ところで、わしは教えるのは他の弟子に任している」
「弟子?」
「あぁ、孫のようなものだが。そいつの修行にも手伝ってもらいたい」
と、そこまで話した時、勢いよく、扉が開いた。
慌てて、レヴィアスへと手を伸ばしながら、カイデンはそちらへと目を向ける。
が、そこには、街でリタと歩いている時に、カイデンにぶつかった少女がいた。少女の手には、ボロボロのローブの切れ端が複数枚ある。色とりどりな切れ端で、青色も、赤色も、えんじ色もある。それらを片手に一纏めに握っているのであった。
「爺! リウス派のガキどもをボコってきたぞ!」
少女はそう笑顔で言った。
それを慈しむような眼でホネツキは眺めていたが、口を開いた。
「これが、わしの孫じゃ。魔術を教える筋はいいから、励めよ」
ホネツキがそう言うが、カイデンは少女をとても好意的には見られなかった。




