14、ノーヴィアの街
ノーヴィアという街が見えてきた頃には、カイデンはすっかりと荷馬車に揺られるのに飽きてきていた。
時折、荷馬車を襲おうとする村落や集落の人々を返り討ちにしながらと刺激的な日々ではあったのであるが、それであっても、カイデンからしてみれば虚無の時間を過ごしているに過ぎなかった。それは他の冒険者も同じで、アメリアという冒険者は、途中拾った石を用いながら延々と、自分の生い立ちを他の冒険者に教えてくれたのだった。また、リタは商売根性をそこかしらで発揮し、アメリアに道中で拾ったキレイな石をなんとか売り込もうと必死で、聞くに堪えない道中だった。
もっとも、一番、苦痛に感じていたのは荷馬車の御者だろうが。
そんな旅の終わりを迎えたカイデンはどこか開放感に満たされていたのだった。
そして、何よりも、ノーヴィアの街を見た途端に、飽きていた心が吹き飛んだ。
ノーヴィアは、湖の中ほどにある島にあった。そのノーヴィアに至るには一つの橋が、湖畔に架かっており、唯一の道のようだ。そして、遠目からも見えてもわかるほどに、尖塔がいくつも立ち並んでいる。が、一番、目を惹くのは、街の中心にある巨大な建物だ。
「あの一番大きい建物は?」
カイデンは、御者に聞いた。
御者は、ちらりと顔を荷馬車の進行方向へと向けたままに、目線だけを動かした。
「あぁ、あれがノーヴィアで一番、権威ある建物さ。あの町は学者連中が権力者だからね、正式な名前は知らんが、学問塔というそうだよ」
「学問塔、正式な名前を知らないとは?」
「さぁ、俺もあそこまではいかないんだよ。そもそも、学問塔の連中と関わらない」
「どういう事だ?」
御者は視線を前に戻して、荷馬車を進める。
「ノーヴィアの学者連中は、あの町で引き籠っている。それだけではなくて、よそ者については不寛容だ。優しくないんだよ」
どうやら、前途多難な雲行きである。
が、荷馬車はしばらくしてノーヴィアへと通じる橋の手前で止まった。石造りの橋で、その大きさは荷馬車が五台ほど横に並んでも十分に通行できるほどに幅広い。欄干もまた頑丈そうで、設けられた飾り窓のような欄干の隙間からは、下の湖面が良く見えた。橋の上には警備の者であろうか、同じ服装をした男が二人、並んで立っていた。
御者が荷馬車から降りて、一方の男といくらかやり取りするのを見守っている間、もう一方の男は積み荷を検め始めた。
「どこでも輸出入については厳しいみたいだね」
「何かやばい商品が持ち込まれても嫌だろうしな」
荷馬車から降りたカイデンとレヴィアスは、その様子を眺めていた。
すでに依頼として頼まれていた分については仕事が完了している。勿論、この荷馬車が王都へと戻る分についての仕事もまた、別にあるであろうが、それについては他の冒険者だけで十分だと思っていた。それに、帰りの分については直接に依頼されていない。
かくして、街へと入る許可が下りた一行は、橋を通過することにした。
街に入ると、ありとあらゆる所から草木の匂いがした。奇妙な事だ。町のほとんどは石造りの建物であったり、煉瓦作りの建物であるというのに、異常なほどに草木の香りがする。が、それと同じほどに嫌なにおいもする。まるで、腐った卵のような臭いだ。
が、何よりも不気味なのは、その臭さに対して住民が誰も気にしていない様子である事だ。
「なんだ、この匂い。どこから、どうして誰も気にしていないんだ?」
と、正直な疑問を口にすると、リタがにたりと笑みを浮かべる。
「このノーヴィアの街では何が主要産業だと思いますか?」
「魔術学者の街だからなぁ。魔法を使った何かアイテムとかかな」
「カイデン殿、残念ながら違います。確かにそういう道具は造ったりしているようですが、それが主要産業ではありません。この街の主要産業は、これです」
リタが懐から取り出したのは一つの筒、そして、それの蓋を外して取り出したのは一枚の紙だった。
「この紙です。紙を大量に生産できるのですよ、このノーヴィアという街は。その過程で、独特の臭いが出るんですねぇ」
「なるほど?」
「はー。わかってないですね。紙は文書、情報を伝達する最高の手段ですよ。記録もなんでも使える便利なアイテムです。それを大量に生産できるんですよ」
「なるほどなぁ」
カイデンは、リタの持っている紙を手に取る。そこにはいくらか文字が書かれており、カイデンは、それを読み解こうとしたが難しかった。別に文字が読めない訳ではないのだが、見たことのない奇怪な文字であっただけだ。だが、なるほどしかし、こうやって、文字として、紙として残るというのは良い物だ。
そんな行動を咄嗟にとられたリタは、慌ててカイデンから紙を奪い返す。
「人の物を勝手に読まないでください」
「読めてはいないんだが。悪かった」
そういうやりとりを民家の前でしていたとき、ふいに後ろから、ドン、と小さな衝撃をカイデンは感じた。
振り向けば、ちょうどカイデンの胸のあたり程度の背丈の少女が尻もちをつく形で、転んでいる。
ぼさぼさの髪の毛に、どろどろのローブを着て、鋭い目がカイデンを見て、ばっと立ちあがると、カイデンを下から睨みつけた。
「どこに突っ立っているんだ、突っ立っているなら、道の端に寄れ、どこかの店前で突っ立っておけ」
「ちょっとちょっと、ちょっと」
リタが、食って掛かる少女に割って入る。
すらりとしたリタが少女の前に立つと、余計に二人の身長差が際立つ。
「そっちこそ、前も観ずに歩いていたんじゃあないの?」
「馬鹿馬鹿しい。私が前を見ているかどうかよりも、そんな所に立っているお前の連れが問題だろう」
「リタさんやめてくださいよ」
「いいえ、カイデン殿。こういう礼儀知らずのジャリガールには、きちんと年長者が教えてやらねば」
と、リタとカイデンが言葉を交わした時、少女はすでにカイデンたちから離れていた。もうすっかりと距離をとっており、ただ、街の中心部へと向かっている背中が見える。流石のリタもそこまで追いかけて説教をしようというつもりはなかったのか、やるせない気持ちを舌打ちとして表していた。
「余計な揉め事がなくて良かった」
少女の後を追う形になってしまったが、街の中心部へと歩くカイデンに、レヴィアスはそう告げた。
余計な揉め事を起こして、ノーヴィアの街から放り出されてしまっては元も子もない。御者の話が本当であれば、余所者には排他的な街だとすると、下手な揉め事は、街から追放されてしまいかねない。であれば、当初の目的を果たすことも難しくなるだろう。
「それで、当面の予定だが、この街でどうする?」
「そうだな。二つある。一つは、魔王ビタンに関しての情報収集。そして、もう一つは、実力の積み重ねだ。後者の方が基本的な目的でもある。が、問題は、どこで経験というか、修練を積んだものか。ガスの話であれば、ここ出身の兵士は皆、強いという事であるが」
そんな風にして街の中を見て回ったが、どこかに傭兵募集所や何かしらの訓練所という所があるのかもという期待はあっさりと打ち砕かれた。ただ、街の住民から聞き取りにより、真相がわかっただけだ。ノーヴィアの傭兵が強かったのは魔術に長けていたから、だ。
魔術を先頭に組み込み、それによって実力を上乗せしていたのだ。
と、なると、自然、カイデンの足は学問塔と呼ばれていた尖塔へと向かう。ここにおいて、入学と言って良いものかが認められるかどうかである。もしも、認められない場合においては、とんだ無駄足、徒労だ。
が、そんなカイデンの予想は的中する事となる。




