12、次なる場所は
王都ジューデングに、魔族復活の報せが入った時、それが真実であると思った人は少なかった。
魔族が滅んで長い時間が経過しており、それが本当に魔族であるかどうか確かめる術がなかったからだ。だが、しかし、生き延びた冒険者たちの証言や、神殿に残っていた魔族の遺体を王都の学者が検めた所に、その報せが間違っていないのが分かると王都は俄かに騒然とするのだった。
冒険者とやり取りしている商人が
「魔族と冒険者が戦ったらしい」
とか何かと言えば、人の口を媒介して、次から次へと尾ひれはひれがついてしまうものだった。王都の役人たちはその不安によって、冒険者たちの活動が停滞してしまうのを考えた。魔王ビタンという侵略者に対しての冒険者という存在は非常に役に立っているのに、それが停滞して、経済活動と軍事的な活動が滞るのは避けたかった。また、市井の民の感情もまた、陰湿な、陰りあるものにしたくはなかった。
が、そこに一人の商人が、良い噂を持ってきた。
「勇者が魔族を倒したらしい」
その噂を持ってきた商人に王都の役人はあちこちで吹聴して回るように依頼した。決して安くはない褒賞を商人には提供したが、しかし、それであっても、大多数の冒険者の気持ちを上向きにもっていく為、市井の人々の気持ちを明るくさせる為のものと考えれば支払うに値すると考えたらしい。
そして、その目論見はきちんと的中する事となった。
勇者という存在に人々は安堵したのだ。もちろん、おとぎ話のような存在に、懐疑的な人々もいたが、それであっても、魔族が復活したという真実が、勇者の存在を裏打ちし、大多数の人々に心の安寧をもたらしたのは間違いなかった。
また、その商人、ミラ・ハーツウィンドはさらに一計を講じた。
魔族に、魔王に困っている金持ちに接触し、勇者がどこにいるか教える事としたのだ。
「それで、この神殿は今、人でごった返している訳か」
レヴィアスは、神殿の一室でカイデンにそう語りかけた。
ミラ・ハーツウィンドの吹聴によって多くの人々が神殿にやってきた。正確に言うならば、もはや、神殿は神殿の体を成していない。ニープとガス、そして、カイデン達が戦った後、生き残った人々によって、荒れ果てた神殿を冒険者の一つの拠点として占領することに成功したのだ。もちろん、王都は黙っていなかったが、そこはミラによってうまく王都との交渉が取りなされた。
かくして、冒険者の拠点となった神殿は、今は冒険者の集会所のような立ち位置となった。
一つの居場所が出来たことで、寄る辺なき冒険者たちは安堵していたが、浮かない顔の面々が多かったのも事実である。
「ミラさんには感謝しているよ。一つ、拠点が出来たからね。でも、あまり誇れないな」
カイデンは浮かない顔で床に寝そべって、天井を見ていた。
壁に掛けられたレヴィアスは、その様子をじっと見る。
カイデンの様子は、エレンシアと戦ったあとから三日ほどしているが、ずっとこの調子であった。よほどのショックであったのだろうというのは容易に想像できる。レヴィアスがカイデンの身体を支配している間の事はほとんど覚えていない様子であったのは僥倖であるが、結果として目の前にニープの死が突然、やってきたような形で受け止めきれなかったのだろう。
また、それはガスも同じだった。
カイデンと同じように神殿の一室を与えられたガスは、一晩中、声にもならない呻き声とも言えるような泣き声を神殿に響かせたのだった。
ニープの遺体については、すぐに埋葬がなされた。簡易的な埋葬ではあったが、他の遺体、神殿のあちこちにあるアンデットたちの遺体と比べると、手厚い埋葬であり、きちんと墓石まで建てられていた。そのあたりの資金については、リタなどの商人と、他の冒険者たちが必死に工面したらしい。
「レヴィアス、その四天王を倒してどうだった? 力は戻ったのか?」
「ある程度は戻った」
レヴィアスはカイデンの質問に肯定した。
事実としてエレンシアを倒した後、自らの力は幾分か戻ってきていた。とはいっても、全盛期からしてみれば微々たるものであり、多少、身体というよりも剣自体を動かすことが出来るくらいなものだ。そんなものを誇らしげに披露する事も出来ない。それであっても、カイデンはその言葉を聞いて、満足げな顔を微かに浮かべた。
成果は確かにあった、というのが認識したかったのだろう。
そうしていると、扉がノックされた。
寝っ転がったままにカイデンは応答すると、扉が開かれる。
扉の先には長身の一人の女が立っていた。ミラよりも高い背丈で、それほど高い女であれば記憶に残って良そうなものでもあるが、カイデンにはまるで見覚えがなかった。目の辺りが充血しているのが気になったが、それであっても、見知らぬ女である。
「誰ですか?」
仰向けのまま、見知らぬ女性と応対する勇気はなく、カイデンはのそりと体を起こす。
「私だよ、ガスだよ」
「ガスさん?!」
驚きのあまり、カイデンが身を飛び起こしたが、レヴィアスも同じほどに驚き、ついぞ、壁掛けから落ちてしまった。
「鎧甲冑を脱いだだけだ。何をそんなに驚いているんだ」
「いや、僕はそのてっきり、女性だと……なぁ、レヴィアス」
「同じく」
床に落ちたレヴィアスをカイデンは手に取りながら、二人して言った。
「それでガスさん、どうしたんですか」
「私は故郷に戻ろうと思う。それで、その別れを言おうと思ってな」
「故郷ですか」
「あぁ、あいつの、ニープの故郷にも伝えてやらないといけないからな。明日の朝、出るよ」
ガスは目を細めて言った。そして、右手を出してくる。
女の手とは思えない。がっしりとした太い手首から伸びた戦士の手だった。それをカイデンは握るが、ぎゅっと握り返される。あまりの力強さに骨が折れたのかとカイデンは思ったが、それは当然に気のせいで、ただ、真っ白な手形がくっきりとカイデンの手に残っただけだった。
「頑張れよ、勇者殿」
何も言葉を返せずに、カイデンはガスを見送ろうとした。
しかし、部屋を出て行こうとしたガスが、ぴたりと足を止めて振り返った。
「どうして、あいつを助けてくれなかったんだ?」
振り返ったガスの顔には悲痛が張り付いていた。その問いに答える事はカイデンにはできなかった。
レヴィアスは何も答えなかった。答える事も出来ただろうに、何も答えなかった。何といえばいいのかわからなかったというのもある。しかし、どうと答えたところで、自らの話になるのが目に見えており、レヴィアスはカイデンがどう答えるのかを待った。
「僕は」
カイデンが口を開く。
何も言わないという選択肢をカイデンは選ばなかった。
「僕が弱かったからです。僕がもっと魔術とか、剣術とかが強かったら……」
絞り出すように出したのはそんな言葉だった。
言葉を口にしながら、カイデンは俯く。
「もっと僕が強かったら、みんなを救えました」
カイデンの言葉は自責の念に満ちているものであった。
ずっとこの三日間ほど、考えていたのは自らの弱さ。力の無さだ。レヴィアスを頼りにして戦うという吹っ切れた考えもしなかった。それはどうしてかというと、自らが勇者として戦わなければならないという、正々堂々と戦わなければならないという驕った考え。
驕った考えではあったが、それを突き通せるだけの実力が自らについていない。
それが言葉として口にする度に、しっかりと認識できた。
カイデンの言葉をじっと聞いたガスは、一歩、カイデンへと近寄る。
「ノーヴィアに行け」
「ノーヴィア。それは」
「ここの神殿からずっと北に行ったところにある国だ。魔術を研究する偏屈共の巣窟だが、腕は上がる」
「なぜ、それを」
「傭兵仲間にノーヴィアの事を恐れている奴がいたんだよ。連中がよく言っていた。ノーヴィアの連中は化け物みたいに強い。カイデン。お前が、自分の力不足を嘆くなら、そのノーヴィアに行ってみろ。魔術も、剣術も鍛え上げてくれる」
ガスは、そういうと、カイデンの胸をどんと叩いた。
「頼んだぜ、勇者殿。まだ、魔王は生きているんだからな」
その言葉がずしりと、カイデンの心にのしかかった。
しかし、カイデンの心は明るかった。次の目的地として、旅のいく先が決まったのだから。




