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11.決着

 エレンシアは、空高くへと落ちていくカイデンを見ながら少しだけ安堵していた。

 その安堵というのはカイデンが持っていた勇者の剣が自らから遠く離れていくことに起因する。

 エレンシアの記憶に誤りがなければ、あの剣は勇者の剣である。で、あれば、その剣の中に封じられているのは、かつての自らの主でもある魔王レヴィアスである。もしも、魔王レヴィアスが出てきていたとしたら、自分一人では勝ち目がない。

 さて、とエレンシアは神殿の広間に転がる死体を見た。先ほどまで勇敢に戦っていたニープとガスと呼ばれていた冒険者たちは、確実に死んでいる。その死体を用いてまた、何か、アンデット軍団を作ってもいいかもしれない。もしくは、そのまま埋葬してやってもいいだろう。

 そんな風に思案を始めた。

 余裕をもって立ち振舞ったのには、カイデンと勇者の剣が遠くへと飛び去ったというのがある。

 が、エレンシアは一つ、大きな勘違いをしていた。


「エレンシア。頼みがあるのだが」


 ふいに、エレンシアの背中にそう、声がかけられて振り向いた。

 そこには先ほど空高く落ちて行った少年が、カイデンがいる。

 なぜ、落ちない。

 見れば、先ほどのように剣が地面に突き刺さっている。いや、突き刺さっているのではない。まるで、植物のように、植物が地面の硬い岩を押しのけて生えてきているかのように、地面から剣が伸びているのだ。そして、その剣をまるで杖のようにして、地面に立っているのだ。

 おそらく、深くがっちりと剣が固定されているであろうから、先のように触れたところで抜けるとは思えない。


「そこの二人の人間を蘇生させてもらえないか」


 エレンシアは大きな勘違いをしていた。

 魔王レヴィアスが、出てこない、という大きな間違いである。

 エレンシアはその少年の身体に纏う気配が、先ほどの少年のものとだいぶと異なる事に気が付いた。

 懐かしい。


「魔王、レヴィアス」


 エレンシアはぽつりと口からそう言葉を漏らした。その言葉には畏れの色が混じっていた。


「どうやって」

「なに、簡単な魔術だ。思い出すまでに少し時間がかかったが、瞬間転移の魔術を使い、この剣を大地に差し込む形で移動させてもらった。それで、お願いなのだが、そこの二人を蘇生させてもらえると嬉しい。あまり時間がないのだ」


 エレンシアはレヴィアスの言葉の一つ一つを頭でよく吟味した。

 もはや、状況は自分の不利に偏っているのだ。

 今、目の前にいるのは瀕死の少年ではなく、かつての自らの主であり、魔王と呼んでいた存在である。

 逃げ出すことは死を意味する。魔王との戦いにおいて、逃亡することは出来ない。そういうものだ。かといって、敗北することも出来ない。敗北の屈辱を受け入れるほどの心がエレンシアにはない。であれば、可能な限り、会話をして油断を誘う。

 それしかない。

 事実として、今、レヴィアスは時間がない、と言っていた。

 それが意味することは、時間制限があるという事であろう、とエレンシアは気づいた。


「レヴィアス様は、もしかして、顕現できる時間が限られているんじゃあありませんか? ですから、時間がないのでしょう? 違いますか?」

「もう一度言うが、あの二人を蘇生してほしい。時間はあまりない」

「断ったら」


 会話を引き延ばそう、と出てきた言葉はそれだった。

 断った場合の処遇を聞いておきたかった。

 もちろん、受け入れた場合の処遇も聞いておいて、その両方を用いて、頭の中で天秤にかけ、選びたかったというのもある。

 

「そういう選択肢を私は与えない。そして、今、お願いは命令に変わっている」


 その言葉と共に、空気が変わったのをエレンシアの本能が先に認識した。

 が、そんなのは遅かった。

 エレンシアの左腕がぼとりと落ちた。


「倒錯のエレンシア、そこの二人を蘇生しろ」


 何が起きたか、理解できていないエレンシアにレヴィアスは言った。

 もはや、それは3度目。

 拒否や断りは認めない、絶対的な命令であった。


「もう一本、腕を残しているだろう。早くやれ」


 冷たいレヴィアスの言葉に、直立するエレンシアは震えた。

 痛みよりも、恐怖が今、エレンシアの心を占めている。

 従うしかない。圧倒的な強者を前にしては、弱者は従うしかないのだ。

 ちらりと地面を転がるニープとガスの死体を見る。問題なく、蘇生はできる。その技術も自身も魔術もまた、エレンシアにはあった。反転、流転、転じる魔法において、死を生に、生を死に反転させるのは、エレンシアにとってしてみれば余裕だ。

 刹那の長考の後、エレンシアは決めた。


「わかった。生き返らせる」

「良かった」


 震えるエレンシアはすっと息を吐き出すと、残った右腕で、杖を空高くに掲げた。

 決めた。

 いや、すでにエレンシアは決めていたのだ。

 太古の時代、神代の時に、決めていたのだ。


「誰がお前の望み通りに動くものか」


 エレンシアは魔術を発動させた。

 その向かう先は、ニープとガスである。深く喘鳴するような呼吸が始まった。それは間違いなく、蘇生した証である。あわせて、レヴィアスにかかっている反転の術式も解かれる。つまりは、元通りの状況に戻したという訳である。だが、それがすべて望み通りにかなえたわけではない。

 ゆっくりと起き上がったのは、ニープだけであった。

 それを見たとき、レヴィアスは違和感を瞬時に感じ取った。

 生気のない目。


「せいぜい、頑張ってくださいよ。元魔王様」


 エレンシアはそう言うと、逃亡を開始した。体をくるりと反転し、背を向けて、みっともなく敗走を始めた。

 その瞬間、エレンシアは例に漏れず、体の末端から消滅していく。

 風が吹きつけ、その体がバラバラと粉みじんになって散ってしまった。

 ただ、持っていた杖が、地面にぱたんと落ちる。


「やられた」


 レヴィアスはニープの姿を正面に納めたままに、呟く。

 エレンシアは確かに蘇生をさせた。が、悪趣味な事に、片一方だけをアンデットとして生き返らせたのだ。

 どちらを選ぶか。エレンシアがニープを選んだのは、ニープが冒険者たちからしてみればリーダー的な存在であったからか。はたまた、ただの気まぐれか、どちらでも良かったのか。

 それを知るには本人を問いただすしかない。もっとも、それも今は叶わない。


「どうするもないな」


 カイデンに意識が戻るまで時間がない。レヴィアスは、早急に行動を決めた。

 アンデットと化したニープに正対する。

 虚ろな目と顔で、レヴィアスへと近寄ってくるニープに、憐みの感情を覚えなかったといえばウソになる。

 しかし、一瞬で事は終わった。

 目に映らぬ速度で、レヴィアスの斬撃がニープの首を刎ね飛ばした。一歩、また、一歩と歩いてから、ニープの胴体が地面へと倒れこむ。その倒れこんだ先に出来た血だまりに、ニープの首がばしゃりと水音をたてて落ちた。


「申し訳ないが、あとは頼んだぞ、勇者殿」


 そう呟くと、レヴィアスはその体の主導権を何も知らぬカイデンへと戻し、剣の中へと戻っていった。

 残ったのは、ただ、ただ生き残ったというだけの形をもった勝利と、あまりにも無様な敗北という腐りきった中身だった。

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