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10、倒錯のエレンシア

 神殿の広間では、倒錯のエレンシアが、じろじろとカイデン、ニープ、ガスを見ていた。

 あまりにも弱いこの存在を壊滅させるのは、エレンシアにとってしてみれば容易い。しかし、彼女の関心を惹くだけの存在ではあった。アンデッドキングを倒すことが出来たというのは、どんな者達であるか見ておきたかったのだ。

 そんな風に余裕をとった時間を過ごしていたからか、ガスが口を開いた。


「ここにいた魔王軍の兵士は、あんたがやったのか」


 エレンシアはガスの方へと一瞥する。

 直立する鎧甲冑の姿を認めると、杖を大きく、振り上げて、地面へと叩きつけた。

 がつっと石突きが、神殿の地面へと突き刺さる。


「平伏せよ、と言った」

「いや、質問に答え」


 ガスが、質問を再び繰り返そうとした時、エレンシアは、また、杖の石突きを地面へと突き立てた。

 その時だ。

 ガスの視界が、ニープの視界が一気に暗くなった。呼吸を止めて、力なく、地面にひれ伏す。

 死んでいた。

 傍目から見ても明らかに死を迎えていた。心臓は脈動することなく、呼吸は一つもできず、指一つ動かすこともかなわない。確実で、絶対的な死が、ニープとガスに与えられていた。

 あまりにも呆気ない。

 エレンシアは、そう溜息を吐き出しながら思った。

 死の魔術は、魔術において、魔法においては基本中の基本だ。それを防ぐために、かつては死の呪文を防ぐ術を色々と持ち合わせていたものだ。しかし、それが、忘れ去られてしまった。長い平穏な時代において、死の呪文自体が廃れた。故に、防ぐ術もまた廃れたのだ。

 エレンシアは静寂の神殿の広間で、一人物思いに耽ろうとしていた。

 が、そこで、がたりと音がしてそちらへと目を向ける。

 一人の少年、カイデンが剣を盾のように構え、防いでいた。ただの剣を構え、防いだだけであれば死の呪文から逃れることは出来ないはずだ。しかし、その少年の剣を見たとき、エレンシアの目が大きく見開かれた。


「その剣、その剣は」

「勇者の剣だ」


 カイデンは言った。勇者の剣は、その年代の古さから当然のように死の魔術に対しての防御策が仕込まれている。

 そうでなくても、レヴィアスが死の魔術を防いでいた。

 しかし、その本質を、エレンシアは知っている。


「その剣は」

「知っているのか。と聞きたいが、当然か」


 剣を構えながら、カイデンは冷静さを保とうと努めた。

 状況は最悪である。カイデンの目から見ても、ニープとガスは明らかに死んでいるのが明確だ。それが出来るほどの剛腕を持ち合わせているとは思えない外見。であれば、魔術的な何かを用いてくる魔族であるのは明らかだった。そして、レヴィアスから聞いている、エレンシアという情報からするに、圧倒的に、戦いにおいて不利である。

 エレンシアを正面に置き、ぎゅっと力強く剣の柄を握る。


「倒錯のエレンシア、そうレヴィアスから聞いている」

「そうです。お見知りおきを」


 そう、エレンシアが頭を下げた。

 と、思ったら、カイデンの後ろへと移動してきていた。

 まずい、そう思考するよりも先に、エレンシアの持っている杖の柄が、カイデンに叩き込まれた。とっさの事で、防ぎようがなく、骨が折れる音が、カイデンの身体の内を通って脳へと伝わる。呼吸ができない、呼吸しよう胸や腹を膨らますも、空気の動きがない。ちがい、胸も腹も動いていないのだ。

 足を叩きながら痛みを誤魔化し、何とか呼吸を整えて立ちあがる。

 痛みは別の箇所の痛みで誤魔化せばいい。

 が、口から血の塊が飛び出た。内臓を損傷しているのは間違いなさそうだ。


「今ので死なないが不思議です、今の時代において、これほど頑丈なのは珍しい」


 音もなくエレンシアが近づいてくる。カイデンは剣を構えるも苦痛から剣を握る手が震えてしまう。

 振り下ろされた杖をなんとか剣ではらい防ぐ。

 まともに剣で受ける事は敵わない。もしも、剣で受ければ、その衝撃が剣をへし折る恐れがあったし、そうでなくても、カイデンの身体で直接に衝撃を受けることになる。それは出来れば、避けたかった。野盗の頭目フローラの時もそうだったが、正面から受け止めると、衝撃をもろに受けるのは駄目だと身体が直感的に理解している。

 しかし、それは防戦一方であることには変わりない。

 が、それこそが目的であった。

 太陽の光が出れば魔族は倒せる、そう先ほど老婆が、エレンシアが言っていた。


「時間を稼げば太陽の光で、私が撤退する、そう思っているね?」


 エレンシアが攻撃の手を止めずに話しかけてくる。


「生憎と、あれは嘘だ」


 その言葉が、カイデンに隙を与えた。杖による一撃を剣で直接に受けた。

 猛烈な勢いで吹き飛ばされ、カイデンは床に転がされる。直接に肉体で受けたわけではないというのに、身体中がビリビリと痺れていた。口の中に鉄の味が、血の味が広がり、ぺっと吐き出した唾のほとんどが、赤い血だった。

 エレンシアが杖の石突を地面につける。


「不利な条件で戦うはずがないだろ」


 エレンシアがアンデットの集団とアンデッドキングをけしかけたのは、そこだった。元々よりニープとガスのような冒険者の手練れを疲弊させるのが目的であったし、また、一つは明確な攻撃手段である炎による攻撃を潰しておきたかったのだ。

 自らに有利な状況が完成するまで、エレンシアは戦わなかった。

 そして、そのお膳立てが、準備が完了しても、なお、戦う必要が出たから出てきたにすぎないのだ。


「では、勇者の末裔よ、さようなら」

「何を」

「勇者殿、剣を突き立てろ!」


 レヴィアスが叫ぶ中、エレンシアが小さくささやくように何かを呟いた。

 それと同時に、カイデンは空へと引っ張られる感覚を覚えた。レヴィアスに言われ、とっさに地面に剣を突き刺さなければ、そのまま猛烈な勢いで空へと吹き飛ばされていただろう。地面に突き刺さった剣を握りしめ、逆立ちのような形で、足がぶらりと空へと向かって伸びる。

 ポケットの中から小銭がこぼれて、空へと落ちていった。

 何が起きているのか、一瞬、理解できなかった。

 しかし、カイデンの本能が理解する。


 空に落ちるのだ。


「エレンシアの能力は、死の魔術が特筆することじゃあない」

「じゃあ、何なんですか」

「反転だ」


 ずるり、と突き刺さった剣が抜けそうになる。


「奴は、今、勇者殿の天地を逆転した。その手を離すなよ。空に落ちるぞ」

「残念ですが」


 エレンシアがゆっくりと近づいてきていた。


「さようなら、と言いましたよ」


 ぴんっと、地面に突き刺さっていた剣を、杖で弾くとあっさりと地面から剣は引き抜けた。

 空への落下が始まる。

 


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