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1、勇者の剣を引き抜いたのは、勇者の子

 大陸のどこか、洞窟の奥に一本の剣が刺さっていた。

 その剣は、勇者の剣と呼ばれていた。が刺さっていることを知っているのは、地元の村人くらいなもので、もはや、大陸の大部分の人は忘れ去ってしまっていた。それよりも、勇者が必要な世界ではなくなって、久しくなったのだ。

 魔王レヴィアスが退屈凌ぎに世界統一を目指したのは、もはや、大昔も大昔のことになっていた。

 本当に退屈凌ぎだったのかすらもう、レヴィアスにも思い出せない。もしかすると、最初の頃はもっとまともな、それらしい世界統一の目的があったのかもしれない。が、そんな事はもはや思い出せない。数十年もの間、部下が挙げてくる報告を聞くのが、日常になりつつあった。

 が、そんな事も、もはや幾年も前の話だ。むしろ、御伽噺として神代の話として扱われている。


「退屈だ」


 魔王レヴィアスは剣に封じられた。四天王により、魔王は力を奪われ、能力は四分割されて、その魂のみを剣に封じられたのだ。

 その剣を、勇者の剣として現世の人々は崇めているのは何の皮肉か。

 洞窟を訪れる人々から伝え聞くには、魔王が破れた後には、人々は平和な時代を過ごしていたらしい。勿論、多少なりとも小さな衝突はあったり、国が滅んだり生まれたり、新たな覇者が生まれたりとしたが、些細な事だ。それよりも、興味深かったのは、エルフやオーク、ドワーフといった神代の種族が全て人類と同化していったことだ。結局のところ、種族としては人類の一人勝ちだったらしい。

 あるいは、全ての種族が統一され、人類の形をした何か新しいモノに変わったのかもしれない。


「実に退屈だ」


 自らが自由に動いていた時は、好きに動き回って災厄を振りまいていたというのに、こう封印されてはどうしようもない。かつての四天王が憎く、八つ裂きにしてやりたい、という気持ちはあれども、どうしようもない。何度か、名もなき冒険者が抜こうとしたことがあるのだが、素質がなく抜くことができなかった。どうにも、この剣を台座から抜き取ることも、また、何かしらの素質、素養が必要であるらしい。

 そんなものが現れたら。

 人のように淡い期待を胸に抱いて、年月が経った。が、そんなものは現れない。

 と、思っていた。


「これが勇者の剣か」


 ある晩、洞窟の入り口に一人の子供が現れた。まだ、十五を超えているかどうかというようなか弱い、細い子供だ。

 体中傷だらけ、身に纏っている衣服はボロボロといういかにもみすぼらしい子供である。しかし、よくよく見れば、衣服はともかく、身体は鍛えこまれている。小さい体躯なりに修練の結果、その傷だらけなのだというのがわかった。兵の手のひらをしている。

 少年の傍には一人の少女がいる。目のあたりを布で覆った少女は、じっと立つ。

 二人して足は泥まみれで、裸足である。


「それが抜けたら勇者ってこと」

「そうだ。そうすれば、きっと奴らを倒せる」


 少女の問いかけに対して、少年が応じながら、剣へと手を伸ばした。

 どうせ、大したことはない。今まで数多の者たちが抜こうと試みてきた。しかし、その尽くは失敗し、その望みを果たせずにいた。

 少年の手が、剣の柄に触れた。


 パチリ。


 何かが変わる音がした。

 違う、明確に何かが変わったのだ。少年の指を、掌を、腕を通して、レヴィアスは入り込み、覗き込むことができた。

 哀れな少年少女だ。故郷の村を焼かれ、野盗に粗雑に扱われ、家族を弄ばれ、人生を破壊された。

 全ての元凶、魔王ビタンによって。

 何? 魔王ビタン?


「見つけたぞ、糞ガキ共!」


 突然、野太い男の声がした。見れば、洞窟の入り口には松明を持った荒くれ者がいる。少年の記憶でみた野盗たちに見える。洞窟の入り口に立ったままだった少女の髪を握ったその荒くれ者は、他の仲間を大声で呼んだ。そう時間もかからぬ間に、あれよあれよと、野盗の一団が洞窟の入り口を固めた。


「糞ガキ共め、逃げ出しやがって」

「戻ったらお前たちの親兄弟も痛めつけてやるからな」

「妹ちゃんは俺が遊ばせてもらうぜ。初めてみたいになぁ」


 野盗の一人が、少女の服を引きちぎった。松明の光に照らされた白い肌に、その火を近づけようとする。


「や、やめろ! 妹に手を出すな!」


 少年が剣の柄から手を放して野盗へと向かっていく。が、小さな体躯の少年が、大人の野盗にかなうはずもなく、コテンパンに叩きのめされる。片手で胸倉を掴み上げられて、もう一方の手で顔をタコ殴りにされる。あまりにも呆気ない。弱々しい。


「これが、勇者の末裔か。御伽噺の伝説を信じた、哀れな一族だ」

「違いない。ビタン様がこんな勇者を恐れるなんてな」


 野盗たちが大笑いをしながら、少年を片手で投げ飛ばす。

 あぁ、そうだったのか。

 レヴィアスは合点がいった。自らが封じられた時代にも、勇者が一人いた。仲間を引き連れ、立ち向かってきた勇者がいた。その末裔がこの少年だったのか。なるほど、で、あれば、もしかするかもしれない。

 少年の目が、勇者の剣を見た。

 そうだ。

 俺を引き抜け。

 お前が本当に勇者の末裔だというのならば、俺を引き抜いて見せろ。

 レヴィアスの意思が、少年に流れ込んだ。それは、先ほどの接触から繋がる糸の振動のように明確に通じた。地面に倒れていた少年は、ぐっと歯を食いしばると、体を素早く引き起こし、野盗たちの腕をすり抜けるようにして、剣へと近寄った。そして、剣の柄を力強く握ると、

 

 勇者の剣を引き抜いた。


「見事だ、勇者の子よ」


 レヴィアスは賞賛の言葉を述べた。引き抜かれたことで、ある程度力を取り戻したらしい。それは非常に助かる事であった。レヴィアスは、少年の頭に直接に、戦いの技術を刻み込んだ。というと、体のいい表現であるが、実際の所は、ただの乗っ取りだ。

 少年の身体のまま、レヴィアスは勇者の剣を振った。

 近寄ってきた野盗の一人が、腕を切り落とされ、足を切り落とされ、首を切り落とされる。


「ふぅむ。昔ならば、中空に体を残すことが出来たが、多少の鈍りがあるな」


 少年の口を通して、レヴィアスは懐古する。


「おい、なんだよ。お前」

「ざっけんなこらぁ!」


 二人組の野盗が、襲い掛かる。

 その二人の身体へと手を向けると、指を鳴らす。途端、野盗の身体が発火し、消し炭になる。

 人の形をしたままの炭を手で押し崩すと、レヴィアスは肩を竦めた。


「魔術は十分、使えるか」


 そう呟いた刹那、少年の腕を光の輪が包む。


「拘束魔法。ガキが、なめやがってよおおおお」


 野盗の一人が、両手を合わせながら叫んだ。おそらくは、野盗の側の魔術師であるのだろう。後衛として戦うにしても強く、人狩りとして戦うにしても強い拘束の魔術だ。が、レヴィアスからしてみれば、呆れた練度でしかなかった。溜息一つ吐き出すと、光の輪が破裂する。

 と、同時に、剣の先を野盗へと向ける。

 途端に、光の輪が野盗の首に巻き付く。


「魔術のレベルも落ちたものだ。これが、拘束魔法だ。」

「や、やめ」


 野盗がそう呟くとともに、光の輪が力強く締まって、頭が破裂した。


「これがその応用だ。活かす機会はないだろうが、な」

「お、お前!」


 洞窟の入り口にいた野盗が、叫んだ。見れば、少女の首筋にナイフの切っ先を押し当てている。

 剣の先を下ろしながら、レヴィアスは呆れるしかなかった。


「妹がどうなってもいいのか!」

「その切断された腕でか?」

「え?」


 ぼとり、と音がした。

 地面を野盗の腕が転がっていく。

 痛みで叫びながら、野盗が膝をつく。もはや、少女を害する余裕はない。


「良い事を教えてやろう。今の私は気分がいい」

「ひゃ、ひゃい」

「消えろ」


 野盗は踵を返して、逃げ出そうと、走り出した。

 が、動きが停まる。

 野盗自らもなぜ、体が止まっているのか、動けないのかがわからないのか。錯乱した言葉と、荒い呼吸があたりに響く。

 そうだった。


「あぁ、忘れていた」


 誰しも魔王からは逃れられない。

 野盗の身体が粉微塵になり、死んだ。

 それを満足げに見ながらレヴィアスは力の復活を感じていた。今、この勇者の子を通して、自らはようやっと自由になった。このまま、少年の身体で世界を再び旅してもいいかもしれない。あるいは、他の

 そこまで考えたとき、

 レヴィアスの意識が剣へと戻される。有無を言わさないというような強制力だ。

 やはり、まだ、全ての能力が戻っているわけではないからか。封印はされたままらしい。


「お、お兄ちゃん。大丈夫?」


 少女が近寄ってくる。

 

「あぁ、大丈夫だよ。でも、本当に勇者の剣は、本物だったんだ」


 少年は少し違った理解をしていたらしい。どうやら、勇者の剣としての力を振るったと思っているようだ。

 だが、これは幸いである。このまま、少年を誘導し、自らの封印を解くために働きをさせるのだ。そして、魔王ビタンという偽物を討ち滅ぼさせてやる。レヴィアスによっても利があるし、この少年にとっても利がある。面白い事をひらめいたものだ。


「聞こえますか、勇者よ」


 レヴィアスは、勇者の剣を通して二人へと声をかけた。突然の事に、少年と少女は驚きの声をあげた。


「魔王ビタンを倒すため、四つの封印を解くのです」

「あ、あなたは」

「私はレヴィアス。勇者の剣に宿った戦士の魂です」


 勇者の剣の中で、魔王レヴィアスは、笑った。

 封印を解く為には、勇者にどうにかしてもらうしかないのだ。

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