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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
その歩みを止めないで
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その歩みを止めないで 3

 これは夢だとすぐにわかった。

 目の前にいる兄が幼かったからだ。

 そして私も。

 兄は霊力操作の練習をしていた。

 この場面はよく覚えている。

 これは、私が八歳で、兄が十一歳の時のことだ。

 兄には霊力があり、修行も順調で、意欲もあったからみんなから期待されていた。


「お兄ちゃん、それなあに?」


 私の意思に反して勝手に口が動く。


「ああ、朱音か。これはね、霊力を上手に動かせるように練習しているんだよ。ほら、霊力が通った所が光るんだ」


 兄が手に持っている刀の形をした透明な道具は、手元から十五センチくらいのところまでぐにゃぐにゃとした光の線ができていた。


「これ、本当の刀より霊力が通りやすいらしいんだけど、難しいなあ。あ、そうだ」


 兄は、今となっては全然見ることのなくなった無邪気な笑顔をこちらに向けた。


「朱音もやってみる?」


 私は小さくふくふくとした手を伸ばした。

 両手で道具を握る。

 そんなにぎゅっとしなくてもいいんだよと兄に笑われた。

 力を抜いて自分の中にある霊力を意識する。

 自分の中に何かがあるのは感じ取っていた。

 それを周りは霊力だと言った。

 刀鍛冶には必要な才能だとも。

 でも兄の方が霊力が多く、本人のやる気もあったから、私はそこまで重い期待を背負うことなくのほほんと生きていた。

 それでもずっと体内の霊力は感じていたから、霊力を動かすという感覚はわかっていた。

 だから兄に言われた通り、道具に向けて霊力を動かすことができた。

 するすると伸びていく光の線。

 霊力を通しやすい練習用の道具なだけあってスムーズに霊力は進んだ。

 道具の先端まで霊力が流れたところで兄を見上げた。

 きっと褒めてくれると思った。

 やさしく教えてくれていたはずの兄が途中から喋らなくなっていたのには気づけなかった。


「先っぽまで来ちゃった。どーすればいいの?」




 そのときに見た兄の顔を、私は今でも忘れられずにいる。




 昨夜見た夢を思い出してしまった。

 ふるりと頭を振る。

 刀を作ったからだろうか。

 成功した時にはよくあの悪夢を見る。

 あのあとたまたま部屋に来た父に見つかって、私は天才だともてはやされ、兄にかかっていた期待は私に移った。

 でも、本当はきっと、兄の方がずっと優秀だと思う。

 だって私は他の人にできないことをしたわけではない。

 ただできるようになるのが早かっただけだ。

 それだけなのだ。

 私が飛びぬけて早く成功してしまっただけで、兄だって平均よりも優秀なのだ。

 どうせすぐに兄もできるようになる。

 そうなったとき、天才ともてはやされて焼き入れの工程しかしていない私と、昔からずっと刀鍛冶を目指して必死に勉強してきた兄とではどちらが優れた刀鍛冶か、一目瞭然だろう。


「待たせたな。何ぼうっとしているんだ?」


 榊純也に声をかけられた。

 今日は出来上がった刀を渡すために近所の公園で待ち合わせをしていたのだ。

 公園には緑が多く、頭上を覆う木々からの木漏れ日がベンチに模様を作っていた。

 ベンチにはフワフワとした妖怪が転寝をしている。

 榊純也も退魔師とは言え、何も悪さをしていない小物の妖怪を退治しようとはしなかった。


「あ、榊純也。ごめん、ちょっと夢見が悪くて」


「ちょっと待て、お前俺のことフルネームで呼んでんの?」


 しまった。

 心の中での呼び方がうっかりでてしまった。

 いけないいけない。

 むしろ変なあだ名をつけてなくてよかったと思うべきか。


「じゃあ榊」


「お、呼び捨てか。じゃあ俺も刀谷って呼ぶな」


「前からそうじゃなかったっけ?」


「さん付けしていただろ」


 そう言われればそうだったかもしれない。

 よく覚えていないけれど。


「それより本題に移ろう。刀、持ってきてくれたんだろ?」


 そう聞かれてうなずく。

 そして手に持っていた細長い包を渡した。

 榊はさっそく布を開きだす。


「ちょっと、こんなところで出さないでよ。銃刀法に引っ掛かるでしょ」


「だれも本物なんて思わないだろ」


 榊は取り払った布を近くのベンチに置き、鞘から抜いて刀身を見た。


「おっ売り物にならない練習の刀だからもっと酷いものがくると思っていたけど、普通に使えそうだな!」


「流石に使えないやつは渡さないよ。これあんたの刀だから名前は純也ソードね」


「え? 俺もっとかっこいい名前がいい」


「刀の名付けは刀鍛冶の権利でしょ。それに下手にかっこつけた名前つけたら黒歴史になるわ」


「でも純也ソードは……まあいいか。どうせ刀の名前なんて呼ばないし」


 榊は何やらごねていたが、納得して刀をしまった。


「それ、そのうち霊力が乱れて抜けると思うから、そうなったらメンテナンスに出すか買い換えるかしてね」


「ああ、ありがとう」


 無事に刀を渡せたところで榊と別れる。

 私は刀を持った状態で外を歩くのにかなり緊張したのに、榊は微塵も気にした様子のないまま歩いていった。

 妖怪と普段から戦っている人の心臓は随分と丈夫にできているらしい。




 公園から帰ろうと歩きだしてすぐのことだった。

 木々の隙間から赤い袴が見えた。

 後ろを向いているから顔や年齢はわからないけれど背中にかかる赤みがかった黒髪が艶やかで美しい。

 卒業式の時期でもないのに袴なんて珍しいな。

 それも一人で公園に。

 彼女は何かを探すように下を向いていた。

 私の視線を感じたのだろうか。

 彼女が振り返った。

 なんだか気まずい。

 会釈してそっと立ち去ろうとした。

 しかし袴の彼女は何故かこちらへ近づいてくる。

 そんなに不快な視線を送ってしまっただろうか。

 え、どうしよう。

 彼女はもうそこまで来ていた。


「あ、あの、不快にさせてしまいましたか……」


 声をかけてから気づく。

 顔がよく見えるところまで近づいてきた彼女。

 息を飲むほど美しい顔にあるつり気味のぱっちりとした目。

 それは赤く、その中の瞳孔はまるで猫のように縦に割れていた。


「お前、私が見えるのか」


 人間じゃない。

 姿かたちは限りなく人に近いけれど、妖怪だ。

 しくじった。

 その辺によくいる小物じゃない。

 雰囲気がもう普段視る奴らと全然違う。

 どうして気づかなかったのだろう。

 のどがカラカラに乾いていくのを感じた。


「ああ、怖がらせてしまったか。すまない。危害を加える気はないんだ。落とし物をしてしまってな。見ていないだろうか」


 穏やかな口調にほっとする。

 何せ妖怪は、退魔師という職業が成り立つほどには人間を襲うものだからだ。


「何を落としたんですか?」


「角だ」


「角!? え、いや、それは……頭から生えるあの角ですか? 抜けたんですか?」


 動揺しながらも彼女の頭をまじまじと見る。

 髪の毛でよくわからないが、少なくとも角が取れた跡は見つからなかった。


「いや、正確には角がついたカチューシャだ。恥ずかしい話だが、落としたことに暫く気が付かなくてな、どこで落としたのかがわからないのだ。この公園内だとは思うのだが」


 妖怪もカチューシャをするのか。

 それも角付きカチューシャなんておちゃめなものを。


「見ていないですね」


「そうか。ありがとう。怖がらせて悪かったな」


「いいえ。じゃあ私はこれで」


 話が通じる妖怪で助かった。

 私は刀をつくってはいるけれど刀で戦えるわけではないのだ。

 だから強そうな妖怪には近づかないのが一番なのだけど、まさかあそこまで人間に見た目が近い妖怪がいるなんて。

 避けられないではないか。


 公園の出口に差し掛かったところだった。

 あるものが視界に入る。

 角がついたカチューシャだ。

 地面に落ちている。

 スゥーっと息を吸う。

 フーっと息を吐く。

 これは、あれだな。

 さっきの妖怪が探していたやつだな。

 そっと拾い上げる。

 妖怪の持ち物だ。

 何か特別なものかと思ったが、角がリアルなだけで普通のカチューシャに見える。


 しまったな。

 もう一度、あの妖怪と会わないといけないのか。

 感じのいい妖怪であったから大丈夫だとは思うが、やはり強力な妖怪と対峙するのは怖いのだ。

 グダグダ言っていても仕方がない。

 戻ろう。

 一度拾い上げてしまったのだから、このまま地面に置いて去ったとして、後からカチューシャから私が触った痕跡を見つけられる方が怖い。

 彼女がどんな術を使えるのかわからないのだから、そういうのがわかっても不思議ではないのだ。


 来た道を戻る。

 赤い袴が見えた。

 彼女は先ほどより出口に近い位置にいた。


「あの、探していたのってこれですか?」


「ああ、それだ。ありがとう。助かった」


 彼女は両手でカチューシャを受け取ると砂を払って頭に着けた。

 まるで人間のようだった姿が、一気に妖怪らしく見えた。

 その角は偽物なわけだけど。


「では今度こそこれで」


「ああ、待て」


 先ほどはすんなりと帰してくれたのに、今度は引き留められた。


「なにか礼がしたい。そうだな、お前は生きていて辛くないか?」


 これは、まずい話になってきてはいないか? 

 辛いと言ったら殺されてしまうのでは? 


「妖怪が視えるお前は周りから孤立していないか? 視えない者の中で暮らすのは辛くないか?」


 誘導されている?


「いえいえ、全然辛くなんてないです! 私、友達いるんで!」


 全力で首を横に振りながら慌てて否定する。

 お礼で殺されてたまるか。

 彼女はそれを見て頷いた。


「そうか、うまくやっているのだな。余計なお世話だったようだ。むしろまた怖がらせてしまってすまない」


 その言葉に安心する。

 具体的に何をしようとしていたのかは知らないが、きっとろくでもないことだろう。


「ではこれをやろう」


 彼女は懐から小さな石を取り出した。

 ビー玉くらいのサイズで色は赤。

 光にかざすと透き通ってキラキラと輝いた。


「これは?」


「お守りだ。持ち歩くといい」


「ありがとうございます」


 きれいな石だ。

 ハンカチで包んで鞄にしまう。


「引き留めて悪かった。もう帰っていいぞ」


 今度こそ私は帰路につくのだった。


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