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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
その歩みを止めないで
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その歩みを止めないで 2

 私の前にはランチセットBが、榊純也の前にはナポリタンが並んだ。

 フォークを手に取りトマトに突き刺す。

 うん。

 冷えていておいしい。


「食べながらでいいから聞いてほしい。さっきも言ったが、俺は駆け出しの退魔師だ。ただ、その、霊力が少なくてな」


「へえ。大変じゃん」


 彼はフォークにナポリタンを巻き付けながらうなずいた。


「ああ、大変なんだ。だから術具が欲しい。最初から霊力を帯びている武器があれば自分の霊力が少なくても戦える」


 術具とは妖怪と戦うときや術を使うときに用いる道具の総称だ。

 家でつくっている刀も術具に当たる。


「ただ、重大な問題があってな」


「問題?」


 彼はナポリタンを一口食べ、続けた。


「高いんだ。術具はつくれる人が少ないから、すごく高い。駆け出しの俺の収入じゃとてもじゃないが買えない」


 確かにそうだ。

 家の刀だって霊力さえあればつくれるなんてもんじゃない。

 霊力があるのは前提条件。

 そこからさらに才能と努力がいるのだ。


「どうしようかと悩んでいた時、お前の噂を聞いた。刀谷家に才能のある娘がいて、練習で刀の術具化に成功したと」


 彼はフォークを置いて真っすぐにこちらを見た。

 ここからが本題か。

 コップの水を一口飲む。


「練習でつくった刀を譲ってもらえないだろうか。どれだけ拙い出来でもいい。霊力さえまとっていれば駆け出しには十分だ。頼む」


 なるほど。

 高価な術具は買えないから練習で作ったものを譲ってほしい。

 それが彼の頼みか。


「でも、私のつくった刀は、何とか霊力をまとわせることができたって程度で、売り物にはならないレベルだよ」


「それでもいい。俺は運動神経には自信がある。ぶっちゃけ霊力さえまとっていれば歪んだ鉄パイプだってかまわないんだ」


 すごい自信だ。

 大丈夫だろうか。

 でもまあ本人がいいと言うのだからいいか。


「うーん、練習でつくった刀を持ち出していいかわからないから、ちょっと聞いてみるよ。わかったら連絡する。連絡先教えて」


「ありがとう」


 その後、おいしい昼食を終えて私たちは分かれた。

 ちなみに本当に奢ってくれた。

 術具を買う余裕はなくても喫茶店でお昼を奢る程度の収入は本当にあるようだ。




 家に帰ると、父と兄が庭で炭を切り分けていた。

 見事なまでに均等な大きさに切り分けられた炭が積まれている。


「ただいま。ねえ、おじいちゃんいる?」


 祖父は刀谷家の現当主だ。

 練習でつくった刀が欲しいなら許可をとる相手は祖父だろう。


「おかえり朱音。おじいちゃんなら部屋にいるんじゃないかな」


 父が答えた。

 兄は顔も上げず黙々と作業を続けている。

 私は父に礼を言うと祖父の部屋に向かった。


「おじいちゃん、入ってもいい?」


 祖父の返事を待って襖を開ける。

 襖というと立派な日本家屋のようだけど、そういうわけではない。

 ただ祖父の部屋が和室なだけである。

 家は確かに平均的な家庭よりは和室が多いけれど普通に洋室もあるし、私の部屋だって洋室だ。


「おじいちゃん、あのね、練習でつくった刀なんだけど、もらってもいいかな? 実は欲しがっている人がいるの」


「何? あれか。あれはなんとか使えはするが、売り物にはならん程度だぞ」


「それでいいの」


 祖父は少し考えこんでから言った。


「そうだな、この年で霊力を込めるのに成功する者は少ない。限られた才能だ。才能ある若者のわがままは少しくらい聞いてやってもいいだろう。今夜、もう一本刀をつくりなさい。成功したらそれを持って行っていい」


「成功しなかったら?」


 祖父は白いひげをなでながら笑った。


「成功させればいいのだ」




 術具の刀も普通の刀とつくり方はそう変わらない。

 違いがあるのは焼き入れの工程。

 焼き入れは、既に刀の形になっている鋼に特別な土を塗り、火に入れて熱した後に一気に水で冷やすという作業だ。


 刀身を火に入れ、目標温度に達するまでに霊力を込め、安定させることで冷やした後も霊力をまとった状態を保つことができる。

 これが術具化だ。


 この霊力を込めるというのが難しい。

 というのも、そもそも霊力は物に留まってはくれないのだ。

 霊力を流し込んでもすぐに流れ出てしまう。

 自然界には霊力を含むものがたまにあるのだけど、それがどうしてできるのかはわからないし、人工的に霊力を留めることに成功した例はない。


 では、どうやって術具化するのか。

 それは、霊力を留めようとしなければいいのだ。

 刀の中では常に霊力は流れている。

 ただ、輪になるように霊力を流すことで、術具の中で循環してくれるのだ。

 刀身を熱している間に霊力を流し、きちんと輪を繋げ、さらにその流れを安定させる。

 そして冷やし固める瞬間、霊力の操作をやめる。

 成功していれば霊力は刀の中で自律的に循環してくれる。


 どうして霊力の操作をやめても自動で流れてくれるのかは実はわかっていない。

 冷やす際にできる刀の反りが刺激になって自律するとか、つくっている途中で霊力を流すことで霊力の道となるとか、刀を固めることで刀の内部での霊力の動きも固定されるとか、色々なことを言う人がいるが、霊力についてはわかっていないことが多いのだ。


 ただ、理由はわからないけどそうすればうまくいくからそうするという考えで術具は作られている。

 霊力をきれいに循環させるのは難しく、そもそも輪にできる者が少ない。

 しかも、霊力だけに集中するわけにもいかないのだ。

 本来の刀鍛冶も職人の業である。

 そちらをおろそかにしてはいけない。


 庭に出て年上の職人たちが作業しているのを眺める。

 本来は厳しい下積みが必要なのだが、霊力の操作が得意な私は特例としていきなり焼き入れの作業の修行をしている。

 というより、それしかしていない。

 霊力の操作を繊細に行える者は少ないから、そこの人員を育てたいのだろう。


「朱音、出番だ」


 祖父に声を掛けられ、特別な土がついた刀身を渡される。

 私はそれを受け取り火に入れる。

 それと同時に霊力を流し始める。

 温度に気を付けながら霊力を刀身の先まで真っすぐ流す。

 霊力が多い方が強力な武器になるが、その分操作が難しくなる。

 ただ流せばいいというわけではないのだ。

 先に流し込んだ霊力を真っすぐ進めながら一定の量の霊力を流し続けなければならない。

 ムラにならないように一定に。

 かといって霊力の放出ばかりに意識がいくと先に出した霊力が曲がる。

 真っすぐに、きれいに通さなければならない。

 操作しやすい量を丁寧に流し込む。


 最初に流し込んだ霊力が刀身の先端までたどり着いた。

 折り返す。

 刀身の幅を飛び出ないようにぐっと流れを変えて、今度は手元に戻ってくるように動かす。

 これまでに流した霊力も、今まさに流し込んでいる霊力もすべて同じ軌跡を描くように操作する。


 刀身の温度はもうかなり上がっている。

 これが上がりきる前に霊力の流れを輪にしなければならない。


 最初の霊力が始点に戻った。

 新たに霊力を流すのをやめて操作に集中する。

 一週目と同じ場所を通すように意識して霊力を動かし続ける。


 刀身の温度が目標に達した。

 霊力の操作をやめると同時に一気に水につける。

 ジュッと音を立てながら急激に冷やされた刀身には反りができる。

 そっと水から持ち上げた。

 ぴったり同じ軌跡ではなかったらしく、流れにぶれがみられるが、霊力の循環には成功していた。

霊力の量も少なく、出来も良くないが、術具と呼べる代物にはなっている。


「ふむ。成功はしたようだな。流れは多少ぶれているが、まあしばらくは使えるだろう。約束通り、これはお前の物にしていい。刀として仕上げるから出来上がったら受け取りなさい」


 祖父の言葉にほっとする。

 霊力の流れにぶれがあると、そのうち循環が止まってしまうのだ。

 初めて成功した刀も、二日でただの刀になってしまった。

 今回は割とうまくできたらしい。

 しばらく使えるのなら上々だ。

 榊純也も、譲ってもらうものの霊力量や出来のよさに文句は言わないだろう。


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