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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
ただ、それだけだったのに
6/33

ただ、それだけだったのに 6(完)

 妖域に入る。

 最近はアザミが迎えに来てくれていたから一人でこの歪んだ空間をくぐるのは久しぶりだ。

 アザミはどこだ。

 どこにいる。


「アザミ! どこにいるの? 話したいの!」


 走りながら声を張り上げる。

 おかしい。

 いつもならアザミが私の霊力を感知してくれるのに。

 どうして来てくれないの。

 木々の隙間から赤い袴が見えた。

 慌てて方向転換をする。


「アザミ!」


「……奈緒」


 アザミは一人ではなかった。

 アザミの腕には一つ目のカラスの妖怪がとまっていた。

 どこかで見たことがあるような気がするがピンとこない。

 それよりもアザミだ。

 何やらいつもと雰囲気が違う気がする。

 ピンと張りつめた冷たい空気をまとっていた。


「奈緒、お前、私を騙していたのか?」


「え?」


 アザミの目がまっすぐ私を射抜いた。

 ぞわりと背筋が震える。

 どうして? 

 アザミはいつも私を守ってくれた。

 そのアザミに対して恐怖を覚えるなんて。


「あの子を祓ったのは、お前とその連れだったんだな。こいつから聞いた」


「あの子?」


「最近妖怪にした高校生の少年だ。学ランを着て、般若の面をつけていた」


 もしかして。

 思い当たる節があった。

 兄の仕事について行った日。

 あの帰り道に人を襲っていた妖怪だろうか。


「あ、あれは人を襲っていたからで」


「その襲われていたやつはずっとあの子をいじめていたやつだった。あの子は今まで自分が受けていた仕打ちを相手に返そうとしていただけだ」


「そんなこと言ったって、人が襲われていたら助けるよ!」


「何故お前が口を出す! あの子はずっと苦しんでいたんだ! 何故霊力を持つものが虐げられるのはよくてやり返すのはダメなんだ! 何故あんなクズは助けてあの子は祓うんだ!」


「人を助けるのが退魔師の仕事だからだよ!」


 言ってから、しまったと思った。

 アザミの目が鋭くなった。

 荒れた霊力でアザミの艶やかな髪がうごめく。


「そう、お前は退魔師だ。お前は私を騙していた。そうやって私に近づいて、私のことも祓うつもりだったのか?」


「ち、ちがっ」


 何が起きたかわからなかった。

 気が付いたら背中への衝撃と共に地面にあおむけになっていた。

 首には冷たい感触。

 アザミが私の上に馬乗りになって首に手をかけていた。


「そうやって! そうやってお前も私を受け入れない! 私を排除しようとする!」


「ま、待って……」


「私は何か悪いことをしたのか!? 傷ついた人間を助けてやりたいと思うのは悪なのか!? 霊力を持って生まれてきた私たちが悪いのか!?」


 アザミの目からこぼれた涙が私のほほに当たった。

 それは生々しい温度を持っていた。


「私も、あの子たちもずっと苦しんできた。霊力を持たないやつらに虐げられて、逃げ出したかった!」


 アザミの叫びが私の心を揺さぶる。

 あの時、般若の面をした彼を兄が祓うのを見ていた。

 何の疑問も抱かなかった。

 退魔師として当然のことだった。


「私は! 私はただ、傷つけられる世界から救われたかっただけで、同じように傷つけられている人を救ってやりたかっただけで」



 ただ、それだけだったのに



「どうして、どうしていつも……」


 突然、アザミが飛びのいた。

 その直後、私の上を猛スピードで何かが通過する。

 それはアザミの角をはじいた後、後ろの木に突き刺さった。

 あれは、兄の愛刀だ。


「奈緒! 無事か!?」


「お兄ちゃん!」


 父から話を聞いて駆けつけてくれたのだろう。

 助かった。

 しかし、状況は絶望的だ。

 兄は愛刀を投げてしまって丸腰。

 兄の刀はアザミの背後だ。

 取りには行けない。

 ただでさえアザミは強い。

 このままではまずい。


「……奈緒。私は本当に楽しかったんだ」


 アザミは先ほどまでの昂った様子から一転して静かな声を出した。


「私は、お前のことを友達だと思っていたよ」


「……アザミ」


 アザミは私たちに背を向けた。

 背中を覆う長い髪は、アザミの考えていることを教えてはくれない。


「見逃してやる。……二度と私にその面を見せるな」


「あっ」


 ざあっと強い風が吹く。

 落ち葉が宙を舞い、私の視界を塞ぐ。

 その一瞬でアザミの姿は見えなくなった。


「そんな、待ってよ。違うの。私は、私は……」


 兄は木に刺さったままだった愛刀を引き抜くと、地面に落ちているものを拾った。

 アザミの、角がついたカチューシャだ。

 兄の刀にはじかれて、左の角が一部欠けていた。


「お兄ちゃん。その角、私に頂戴」


「あ、ああ」


 角を受け取って胸に抱く。

 まるで角からじわりと侵食してくるかのように胸に後悔が広がった。

 アザミ。

 アザミは初めて会った時から、私を守ってくれた。

 助けてくれた。

 妖怪に襲われても生き残れるよう術を教えてくれた。

 クラスメイトにあれこれ言われた私を心配してくれた。

 気遣ってくれた。

 辛い所から逃げ出す方法を示してくれた。

 救ってくれようとした。

 なのに。

 なのに私は!


「どうしよう。どうしよう私……!」


 嘘をついた。

 ずっと騙していた。

 退魔師だってことを隠して、アザミの優しさに甘えて、利用するだけ利用して、そして傷つけた。


「アザミに会いたい! 会って謝りたい! 謝って、それで!」



 私も友達だと思っていたって、伝えたい



「でももうきっと、アザミは私と会ってくれない。アザミから来てくれないと、私じゃアザミを見つけられないの」


 兄は私の頭にポンと手を乗せた。


「なら、強くなればいい」


 兄の声は静かで、そして優しかった。


「きっと彼女からお前に会いに来てくれることはないだろう。なら、お前が彼女を探し出せるくらいに強くなればいい。退魔師として仕事をしていれば妖怪の情報も入ってくる。実際に妖怪と対峙するタイプの退魔師には特にな」


 いいのかな。

 私が退魔師であることでアザミを傷付けたのに。退魔師でいていいのかな。


「いいか悪いかは、それこそ彼女を探し出して聞けばいいんじゃないか?」


 そうか。

 そうかもしれない。

 だいたい、ここで悩んでいても仕方がない。

 結局私はアザミに会いたくて、その思いを捨てられないなら、強い退魔師になるのが一番の方法なのだから。


「待ってて、アザミ。私、絶対に強くなって、アザミを見つけ出して」


 そうしたらちゃんと謝って、そして今度こそ……




 アザミの角をそっと抱いて、私は歩き出した。

 私はいったいどうしたらよかったのか。

 私が間違っていたのかさえわからない。

 それでも、私がアザミを騙していたことは確かで、それでアザミを傷付けたのも確かなのだ。

 私はアザミを必ず探し出す。

 私は進む。

 アザミとまた笑いあえる未来を願いながら。



第一作「ただ、それだけだったのに」はここで完結です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

もしよろしければ評価、感想等をいただけると嬉しいです。


第二作は今作「ただ、それだけだったのに」の五年前の話になります。こちらは明日から掲載していくので、引き続きよろしくお願いいたします。

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