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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
ただ、それだけだったのに
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ただ、それだけだったのに 5

 あれから数日が経った。

 多少は霊力操作が上手くなった気がする。

 アザミのように印を一瞬で出すことはまだできないけれど、指でなぞらなくても霊力を動かすことができるようになった。

 もっとも、まだ指で描いたほうが早いのだけど。


「いい感じじゃないか。それでは今日はここまでだな」


「ありがとうございました」


 ふとアザミのほうを向いて、あっと声を上げた。

 アザミの角がおかしい。

 普段は耳の上に生えている角が片方は前に、もう片方は後ろについていた。


「ちょっとアザミ? 何か角が変だよ?」


「ん?」


 アザミは頭に手をやって角を触った。


「あぁ、ずれているな」


「ずれているなって……」


 そんなあっさりと。

 軽い調子でいうアザミに驚いた。


「これはな、偽物なんだ。ほら」


 アザミは頭から角を外した。

 私は慌てた。

 角を外すなんて、いや、外せるのか?

 だが、よく見て気づく。

 この角、カチューシャだ。


「何でこんなの付けているの?」


「うーん。だって人間みたいだろう? 角がないと」


 アザミは私の耳元に口を近づけてさらに囁いた。


「実は目の色も術で変えているんだ。本当は黒いんだが、人間らしさを消したくてな」


 近づいた分離れていつもの距離感に戻った後、アザミは少し微笑んで言った。


「しかし、この角や目のことは基本的に秘密なのだがな。お前と話すのは楽しい。つい話してしまう」


「私もアザミと話すのは楽しいよ」


「嬉しいことを言ってくれるな。さて、時間だ。帰りなさい」


「うん。またね」


 アザミは妖怪だけど、一緒にいて楽だ。

 学校の人たちみたいに視えていることを隠さなくていいし、退魔師の人みたいに強さを基準に話したりしない。

 ただ、視えるだけの私でいられる。

 もともとは強くなりたくて始めたことだけれど、今はただ、この時がずっと続けばいいのにとさえ思っている。




 アザミの所に通い始めて一ヶ月。

 指でなぞるのと同じくらいのスピードで印を描けるようになってきた。

 だからそろそろ武器と併用して術を使えるようになるために、動きながら印を描く練習をしようかという話になっていた。

 そんなある日、それは起こった。




 いつものように、授業が終わると同時にダッシュをきめようとした時、鞄を取り落としてしまった。


「榊さん。鞄落とし……」


 拾ってくれようとしたクラスメイトの言葉が止まる。

 鞄の中から、持ち歩いていたナイフがはみ出ていた。


「嘘、それってナイフ?」


 ざわりとクラスに動揺が広がった。

 やらかした。


「ちょっと嘘でしょ?」


「え、何中二病?」


「てかさ、前から榊さんって」



 ちょっと変な子だったよね



「何もない所をじっと見ていたり」


「何もないのになんかよけていたり」


「そういう痛いところあったよね」


 ばれていた。

 私は普通に過ごしていたつもりだった。

 でも、周りから見たら異質だったのか。

 気を付けていたのに。

 頬を汗が流れた。

 周りの目が痛い。

 やめて。

 そんな目で私を見ないで。


「奈緒、大丈夫か?」


 背後から声をかけられて振り返る。

 アザミが立っていた。

 学校まで来るなんて初めてだ。


「うわまたやったよ」


「後ろ何もないじゃん」


「前から気持ち悪いと思っていたんだよね」


 一度、何を言ってもいい雰囲気になったからだろうか。

 教室内の声が大きくなっていく。

 言葉の棘が鋭くなっていく。

 痛い。

 心が痛い。


「気に入らないな」


 アザミの目が妖しく光った。


「あぁ気に入らない気に入らない。妖怪を視ることのできない人間どもめ。視えないやつはすぐに視えるやつをいじめる。排除しようとする。気に入らない」



 なぁ奈緒、こいつら全員殺してやろうか



 ぞっとした。

 いくら仲良くなってもやはりアザミは妖怪だ。


「やめて!!」


 私は駆けだした。

 クラスメイトから背を向けて。

 ドアのところにいるアザミを突き飛ばして。

 逃げた。

 走って、走って。


「待ってくれ奈緒!」


 アザミに腕を掴まれた。

 人気のない道でのことだった。

 本当ならアザミ相手にここまで逃げられるはずがない。

 きっと人気のない所まで行くのを待っていてくれたんだろう。


「すまない。私が行ったことで騒ぎを大きくしてしまったな」


「放してよ」


「だが」


「逃げないから」


 アザミはそっと腕を放してくれた。


「なぁ奈緒、視えない人間どもに囲まれて暮らすのは辛いだろう? あいつらは平気で自分と違うものをいじめ、排除しようとする。ただ、視えるというだけで虐げられる。そんなところで暮らす必要はない」


「そんなこと言ったって……」


「私ならお前を妖怪にしてやれる」


 思わぬ言葉に思考が止まった。

 今、アザミは何といった?


「……は?」


 アザミはおもむろに角を外した。

 そして目の色を変える。

 日本人によく見る黒い目。

 角がなく目が黒いアザミは、私と年の変わらない、ただ美しいだけの人間の少女に見えた。


「私も、昔は人間だったんだ」


 さっきから驚きの連続で言葉もでない私を見て、アザミは私の手を取った。


「話せば長くなる。ここでずっと突っ立っているのも変だろう。妖域にいこう」


 私はアザミに促されるまま歩き出した。




 さぁ奈緒。

 少しは落ち着いたか? 

 そうか、それはいいことだ。

 そうだな。

 どこから話そうか。

 やはり八年前のことだろうか。

 当時、私は人間で、高校生だった。

 私は妖怪が視えて、周りは視えなかった。

 幼い頃はそれで苦労した。

 私には視えるのが当たり前だったから、まさか周りに見えていないとは思わなくて、周りから見たら不気味な言動を繰り返していた。

 そのせいで友達がいないどころか嫌がらせも受けていたし、両親には捨てられた。

 それで私は親戚の家で暮らしていたんだ。

 そんな感じで私は周りに受け入れられていなかったし、私も周りを受け入れていなかった。

 そんな私の遊び相手は妖怪だった。

 私は人間といるより妖怪といるほうが楽しかった。

 私も妖怪になりたいとすら思っていた。

 きっと私が人間として生まれたのは間違いだった。

 私の居場所は妖域にある。

 そう思っていた私は人間を妖怪に変える、転魂の術というものの存在を知った。

 一も二もなく飛びついたよ。

 ひどく複雑な、難しい術だったけれど、幸いにも私は霊力が多く霊力操作も得意だった。

 術は成功して私は妖怪になった。

 ここまでが八年前の話。

 それから三年、つまり今から見て五年前のことだ。

 一人の少年に出会ったのだ。

 その少年は妖怪が視える人で、人間界に居場所がないのだと言った。

 私は彼がかつての私のように見えて、放っておけなくてな、彼に妖怪にならないかと誘った。

 初めは躊躇していたが、最終的に彼は頷いたよ。

 それからたまに人間界に居場所がない子を妖怪にしてあげていたんだ。



 ん? その妖怪になった人たちが今どうしているかって?



 大抵は妖域で平和に暮らしているよ。

 初めのうちは私と共に過ごしていたやつが多いが、そのうちに妖怪の友人ができて、そいつとつるむようになったり独り立ちしたりな。

 ただ、最近妖怪になったやつが一人、退魔師に祓われてしまったんだ。

 まったく、これだから退魔師は忌々しい。

 それで、どうだ奈緒? 

 辛い人間界なんか捨てて、妖怪となって妖域で暮らさないか?




 少し考える時間が欲しいと言うと、アザミは大抵みんなそう言うと家に帰してくれた。

 とんでもないことを知ってしまった。

 五年前から始まった視える人間の失踪事件。

 あれはアザミの仕業だったのだ。

 もはや教室での出来事など頭から吹っ飛んでいた。


「お父さん。大切な話があるの」


 私は今までのことを正直に全て話した。

 怒られることはわかっていたが、隠すわけにもいかなかった。


「では、その妖怪を祓わなくてはならないな。それだけ強いとなるとかなりの戦力がいる。他の家にも連絡して討伐隊を組もう」


「えっ? 祓うの?」


「それはそうだろう。人をさらっているのだから」


 そう、か? 

 アザミは悪い妖怪なのか? 

 わからない。

 私にはわからない。


「おい奈緒! どこへ行く!?」


 アザミのところへ。

 アザミと話がしたい。

 さっき走って帰ってきた道をまた走った。



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