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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
ただ、それだけだったのに
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ただ、それだけだったのに 2

「お? 何だ奈緒、もう帰ってきたのか?」


 玄関をくぐった途端、ひざから力が抜けて座り込んだ私を見て、兄は不思議そうに声をかけてきた。


「お兄ちゃん……」


「ん? どうした?」


 私は妖域で起きた出来事の一部始終を兄に話した。

 妖怪に襲われたこと、赤い袴の妖怪に助けられたこと、そして、名前を聞かれ、相手も名乗ったこと。


「うーん。妙だな。妖怪が人間を助けるだなんて。しかも名前を聞かれた? 何か下心があるんじゃないか? 人間を利用してやりたいことがあるとか」


「やっぱりそう思う? でも……何かを企んでいたとして、私じゃ抵抗できないよ。すごく、強かったから」


「そうだな……。確かに、今のお前では難しい。でも、戦闘経験を積んでいけば、不意打ちで逃げる隙を生み出すぐらいはできるようになるかもしれない。父さんに相談してみよう」


 戦闘経験、か。

 私は退魔師といっても、主な仕事は帯霊物集め。

 祓ったことがあるのなんて、ちょっと小突けば逃げ出すような小さな妖怪だけ。

 まともな実戦経験などないに等しいのだ。

 だから、なんだろう。

 胸がざわざわとした。


「でも、明日は帯霊物集めの続き、だな。お前、今日一つしか採ってきていないじゃないか」


「あっ」




「奈緒、今日は俺の仕事についてきてくれ」


 アザミと出会ってから三日後。

 母は長期の出張で不在にしている朝。

 父、兄、私の三人で囲んでいる食卓で兄は朝食を食べながらそう切り出した。


「父さんと話し合ったんだけど、いきなり一人で実戦は危険だから、まずは俺の戦いを見学しつつ、出来そうなら攻撃をしてみるというところから始めようということになったんだ」


兄の正面に座っている父が髭を触りながらうなずいた。


「そういうことだ。高校が終わったら純也と一緒に行きなさい。純也、奈緒を頼んだぞ」


「うん、父さん」


「奈緒、純也は霊力こそ多くないが身体能力が高く、霊力の多い他の退魔師よりも成果をあげている。よく見て学びなさい。立派な退魔師になるために」


「はーい」


湯呑に入ったお茶の最後の一滴を飲み干して席を立つ。


「ごちそうさま」




「ただいま!」


 勢いよく玄関を開ける。

 初めての本格的な実践にドキドキして、高校から急いで帰ってきてしまった。

 そんな私をみて兄は苦笑する。


「あぁ。早く着替えてきてくれ。すぐ出るぞ」


「うん」


 自室のベッドに通学カバンを放り投げてクローゼットを開ける。

 動きやすい真っ赤なパーカーと真っ青なジャージ。

 鮮やかな色がお気に入りだ。

 高校ではおろしている肩に触るくらいの長さの髪を後ろで一つにしばって完成だ。

 ウエストポーチに荷物を入れて兄の元へ急ぐ。


「おまたせ」


「おう。……その服装はなんとかならなかったのか」


「いやこれから戦いに行くのにおしゃれするわけなくない?」


「いや、そうなんだが、色の組み合わせ……。目がチカチカするんだが」


「え?」


 何が問題なんだ。

 色落ちしていない綺麗な状態のパーカーとジャージだぞ?


「いや、お前がそれでいいならいいんだ。それじゃ行こうか」




 兄と二人並んで歩く。

 向かう方向は小学校のほうだ。


「二週間前、一人の児童が公園で遊んでいると突然腕が刃物で切られたかのようにパックリと裂けたんだ」


 兄が今回の仕事の概要を話し出す。


「幸い、綺麗に切れていたから治りも早いし傷跡も目立たないらしい。しかし、その日を皮切りに児童が公園で切られ、傷を負う事件が相次いだ」


 酷い話だ。

 子供を狙うだなんて。


「刃物で切られたような傷。しかしその児童に刃物を持った人間が近づいて切りつけたわけではない。まるで見えない相手にいきなり切られたよう。それで妖怪の仕業ではないかと家に話が回ってきたんだ」


 角を曲がると小学校の校門が見えてきた。

 もう授業は終わっているらしく賑やかな部活の音が聞こえてくる。


「今日の目的地はこの先の公園。事件現場さ」


 小学校を通り過ぎてすぐ、というか小学校の裏だ。

 そこに公園はある。

 楽しそうにはしゃぐ子供たちの声が響く中、それは入口のすぐ内側にいた。

 痛んだ髪にしわしわの老婆の顔。

 その体は枯れ木のようでそこから伸びている腕も枝切れのよう。

 そしてその手には鎌が握られていた。


「あれだ。今回は同じ場所で連続して事件が起きているからな。正体を突き詰めて居場所を割り出さなくてもここにくればいい」


「今回は運がよかったんだね」


「まぁ被害者が多いということでもあるからいいとは言えないんだがな」


 兄はふっと息を吐き出すとこちらを振り返った。


「さて、奈緒。目隠しの術は使えるな?」


 目隠しの術とは霊力のない一般人からは姿を見えなくする術だ。

 便利な術で、それを使えば妖怪と戦っていても周りからは見えなくなる。

 一人で暴れている危ない人にならなくて済むのだ。

 退魔師には必須の術なのだが、これがなかなか難しく、使えない人もいる。

 そういう人は目隠しの術は使えるが戦闘は苦手という人と組んで仕事をする。

 ちなみにこの術、便利だが万能というわけではない。

 継続時間はそう長くないし、存在が消えているわけではないので触れてしまうのだ。

 だから戦っているうちにうっかり人に近づいてしまうとまずい。

 妖怪は霊力のあるものしか触れられないため一般人の身体をすり抜けるがこちらはぶつかってしまうのだ。

 しかも妖怪は術を使うことで一般人に触れることもできる。

 今回子供たちに怪我をさせられたのもこの術を使ってのことだろう。

 要するに妖怪は人に触れることもすり抜けることもできるが私たち退魔師は必ず触れてしまうので、いくら目隠しの術を使ったとしても、やはり人のいないところには行かないといけないということだ。


「練習ではできたよ。やってみる」


 指先に霊力を集めて空中に印を描く。

 妖域への入り口をつなげる印よりも複雑な印だ。

 それを一定の霊力で描き切る。

 気を抜くと最初のほうに引いた線の霊力が形を崩してしまう。

 空中に引いた霊力の線を固定したまま一定の量で複雑な印を描き切る。

 術の威力は霊力の大きさに比例するが、術が完成するかは繊細な霊力操作にかかっているのだ。


「隠せ」


 これで術が発動したはずだ。

 この公園にいる子供たちから私たちの姿は見えなくなっている。


「できたな。難しい術なのにやるじゃないか。さあ、行こう」


 兄は背中に背負った竹刀袋から鞘に収まった刀を取り出した。

 竹刀袋の中にさらに鞘まであるなんて過重包装に思えるが、鞘を腰に差して道を歩けば銃刀法違反で通報されてしまうし、竹刀袋に直接抜き身の刀を入れるわけにもいかないのだから仕方がないのだ。


「これが俺の愛刀、スペシャル純也ソード二世だ」


「は?」


「もともと霊力をまとっているタイプだな。高価だしメンテナンスも頻繁にしないといけないが、自分の霊力を消費せずにすむ」


「いや、名前……」


「こういう霊力をまとっているものや術が仕込まれている、術具に分類されるものは本当に高いから、まずは普通の武器で練習していこうな」


 兄は戦闘センスは抜群だがネーミングセンスは壊滅的だ。

 実はわざとやっているのだろうか。


「それじゃああいつ倒すぞ」


 兄は軽い調子でそういうと駆けだした。

 速い。

 一瞬で老婆妖怪に距離を詰めるとその首をはねた。

 濁った色の体液が飛び散る。

 兄はそれを被らないよう既に後退していた。

 相手が手に持っていた鎌を構えることができないほど、勝負は瞬間的に、あっさりとついた。


「まあ、こんな感じだな」


「いやいやいやいや」


 何の参考にもならねぇな。


「何だよ。何が不満なんだ」


「早すぎるよね、決着が。何も学べないよね、短すぎて」


 兄はやれやれといった感じで首を振った。


「あのな、奈緒。ここは児童公園なんだ。目隠しの術をしていても子供にぶつかったらアウト。なら子供が近くにいないタイミングで素早く倒さないといけないんだ。戦っている間に子供が近づいてきても戦いながら移動してもいけないんだから。退魔師の仕事は短期決戦が基本。戦闘時間が長くていいのは妖域内だけだ」


 その説明は理解できる。

 理解できるが釈然としない。

 なんというか、絵の描き方を教わりにいったらラッセンの絵を見せられて、この通りに描けば綺麗ですよと言われた気分だ。


「今日の仕事はこれで終わりだな。楽な仕事だった。帰るぞ」


 鎌を持った妖怪と対峙する仕事を楽と称するなよ。

 私にはできないぞ。

 目隠しの術を解きながら私はそっとため息を吐いた。




「奈緒が扱いやすい武器は何だろうな。小柄だからナイフか、遠距離でしか使えないが弓か。ああ、いっそクナイなんてどうだ?」


「あんまり近づきたくないからなぁ。遠距離のやつがいいなぁ」


「そうはいっても、相手は距離を詰めてくるから近接戦闘は必須だぞ?」


 児童公園からの帰り道。

 どの武器を練習するか兄と相談しながら歩いていた時、それは起こった。


「うわぁぁぁ!!」


 男の人の悲鳴が響き渡った。

 周りの通行人がざわつく。


「奈緒、あっちだ。妖怪の仕業かもしれない。行ってみよう」


 兄は背中から竹刀袋をおろすと、すぐに刀を取り出せる状態にして言った。


「ただの不審者だったらどうするの?」


「その場合は警察に通報するさ。行くぞ」


 兄は角を曲がって細い路地に入っていった。

 慌てて追いかける。

 男の人の声が近づいてきた。


「ひぃっ何だ!? 何だよこれ!? 誰か! うぐっ!」


 お世辞にも綺麗とは言えない路地で、血を流しながら、男性が地面を這っていた。

 学ランを着ている。

 高校生だろうか。

 もしかしたら中学生かもしれない。

 怪我をしているのは足だろうか、制服のズボンが裂け、黒くてわかりにくいが血に濡れて光っている。

 何かから逃げるように必死に這っているが、その何かは彼には見えていないのだろう。

 それは彼の背中を足で踏みつけた。

 妖怪だ。

 男性と同じく学ランを着ているが、顔に般若の面をつけているし、何より男性がその存在を視認できていないのだから間違いないだろう。

 騒ぎを聞きつけた小物の妖怪たちも集まってきた。

 痛めつけられた男性を見て笑っている。

 カラスに似た妖怪がカァカァとあざ笑うような声をあげた。


「ハハハッ痛いか? 痛いだろうなぁ!」


「やめろ!」


 抜刀した兄が距離を詰めて刀を振り抜いた。

 般若面の妖怪は後ろにさがることでそれをかわす。

 さらに攻め込んだ兄の刀を妖怪はどこからか取り出した二本のナイフをクロスさせて受け止めた。


「なんだ貴様! 僕の邪魔をするな!」


「人を襲う妖怪を野放しにするわけないだろう!」


 般若面の妖怪は憎々しげに兄を睨みつけた。


「お前には関係ないだろう! 引っ込んでいろ!」


「断る!」


 兄は妖怪の腹を蹴り飛ばした。

 力の均衡が崩れて妖怪が体制を崩す。

 そこに一閃。

 倒れた妖怪の身体は砂のように崩れ落ちて消滅した。

 周りに集まってきていた小物たちはそれを見て慌てて散り散りに逃げ出した。

 カラスのような妖怪が散らかした羽根が空中に舞う。


「さて、そこのあなた」


 兄は倒れている男性に声をかけた。


「な、なんなんだアンタらは! さっきのは何だ! 何が起きたんだ!」


「落ち着いて。あなたは妖怪に襲われていたんです。俺たちは妖怪を祓う専門家。あなたを襲った妖怪は俺が祓いましたから安心してください」


「な、何を言っているんだ? 妖怪?」


 男性はひどく混乱しているようだった。

 無理もない。

 突然見えない相手に襲われて、そこに刀を持った男が乱入して来て一人で暴れているように見えているのだから。


「詳しく説明しますから場所を移動しましょう。酷い怪我です。手当をしなくては。家には専属の医者がいますから。おぶりますよ」


 兄は私のほうを振り返った。


「さすがにこの怪我をした人を普通に連れては帰れないな。目隠しの術で姿を隠しながら帰ろう。奈緒、できるかい?」


「うん。まだ霊力は残っているから。やるよ」


 目隠しの術で姿を隠した私たちは、人にぶつからないよう気を付けながら帰路についた。



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