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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
その歩みを止めないで
15/33

その歩みを止めないで 9(完)

「おい! 来たぞ! 姿を現せ!」


 榊が山に入るなり声をあげた。

 木々の間に声が響き渡る。

 刀はもう腰に付けている。

 始発で来ただけあって周りに他のハイキング客はいなかった。


「せっかちじゃな。ほれ、ここにおる」


 蛇女が正面から登場した。

 尾をまゆに巻き付けたまま器用に進んでくる。

 まゆは目をつぶりぐったりとしていた。


「まゆ! まゆに何をしたの!?」


「落ち着くがよい。眠っておるだけじゃ。まだ期限内じゃからな、危害を加えたりはせぬ」


 蛇女は着物の袖で口元を隠しながら目を細めた。


「では、鏡を渡してもらうぞ」


「先に元宮を放せ。話はそれからだ」


「ならぬ。解放の条件は鏡を渡すことじゃ」


 榊は一つ舌打ちをした。

 そして私に向かって手を出した。

 私はその手に鞄から出した鏡を乗せる。

 榊は蛇女に歩み寄り、その鏡を差し出し、そして……蛇女が受け取った瞬間、素早く刀を抜き白い尾を斬りつけた。


 蛇女の拘束が緩む。

 その隙に榊はまゆを奪い返し、そして私に向かって投げ渡した。

 慌ててまゆの体を受け取り抱える。

 そして視線を戻すと、榊と蛇女は刃を合わせていた。


「小僧! 貴様!!」


 先ほど榊が渡したのは私が彫った鏡だ。

 当然、蛇女のお眼鏡にかなうはずがない。

 ただ、まゆを引き離す隙が欲しかっただけなのだ。


「ふん、尾を斬り落とすつもりだったが、そうはうまくいかないか」


「なめるでないわ小僧が。もう許さぬぞ!」


 まゆの体を抱えて二人から距離を取る。

 私にできることはもう、巻き込まれないように距離を取りながら榊の勝利を祈ることだけだ。


 蛇女が榊の目を狙って薙刀を突き出す。

 榊は横にずれると相手の首めがけて刀を振るう。

 蛇女は突きの勢いのまま前に飛び出すことでそれをかわし、振り返りざまに薙刀を薙ぎ払う。

 榊はその柄を腕で受け止め、勢いを受け流すように地面を転がり、再び刀を構えた。


「すばしっこい奴め。お主は鏡を用意できなかった! ならばおとなしく斬られるのが筋というものじゃろうが!」


「知らん!」


 二度、三度、刃がぶつかり合う。

 後ろに下がり、横に飛び、前に転がり、そしてまた刃が合わさり音を立てる。


 何度目かの攻防の後、蛇女が後ろに跳び距離を取った。

 榊は深追いせずに呼吸を整える。


「ならば、こうしようではないか。あの時、吾の鏡を割ったのはそこの小娘じゃ。じゃから、その小娘の命一つでお主らは見逃してやろう。悪い話ではなかろう?」


 蛇女は視線をこちらに投げ、にやりと笑った。

 先の割れた長い舌が唇をなめる。

 私はまゆを強く抱きしめた。


「……それはできない」


「ほう? 何故?」


 刀を上段に構え、榊は飛び出した。

 勢いよく蛇女に向かって刀を振り下ろす。


「俺はもともと戦うのが好きだから戦っていた! でも今は、こいつらを守りたくて戦っているんだ!」


 榊の刀は薙刀に受け止められた。

 次の瞬間、尾が榊を襲う。

 咄嗟に飛びのくが間に合わず、榊は再び地面を転がる。


「守る? 愚かよのう。今お主が選択できるのは全員死ぬか一人だけ死ぬかの二択じゃ」


「いいや、違うね。お前を倒して俺たちは全員助かるって選択肢があるぜ」


 榊はすぐに立ち上がる。

 何度も地面を転がった榊の服は土に汚れ、攻撃を受け流しきれなかったのか、薙刀の柄で打たれた腕には青あざができていた。

 服に隠れて見えないがきっと尾で打たれた腹部もあざになっているだろう。


 そしてまた彼らは刃をかわす。

 上から、下から、右から、左から。

 金属がぶつかる音が山に響く。

 お願い。

 どうか、勝って。


 榊が大きく振りかぶった。

 振り下ろされるそれを受け止めようと蛇女は薙刀を横に構える。

 まずい。

 先ほどもそれで攻撃を止められ、尾に襲われたではないか。このままだと、また……!


 しかし、そうはならなかった。

 榊は薙刀に刀が当たる直前、刀を引いた。

 榊の体はその勢いのまま下に沈んで、その目の前には榊の攻撃を止めた後に追い打ちをかけるべくすでに動き出していた尾があった。


 榊は勢いを殺さないままその尾を刀で斬りつける。

 先ほど、まゆを奪還するときに斬りつけたのと同じ場所だ。

 既に一度斬られ、傷があったその尾は今度こそ斬り落とされた。

 体の一部を失い、蛇女のバランスが崩れる。

 その隙を逃さず、榊は蛇女の胸を一突きにした。

 私のほぼ全ての霊力が籠った刀だ。

 いくら蛇女が強力な妖怪とはいえ、手傷を負った状態で急所に刺されればひとたまりもない。

 びくりと蛇女の手が震え、薙刀が地面に落ちた。

 刀を引き抜くと、支えを失った蛇女の体は地面に崩れ落ちる。


「勝った……? 私たち、助かったの?」


「ああ。俺の勝ちだ!」


 榊がこちらに駆け寄ってくる。

 そうか。

 終わったんだ。

 私たち、生き延びたんだ。


「榊! ありがとう! 榊のおかげだよ!」


「いや、この刀がすごかったんだ。これが霊力の少ない刀だったらあれでとどめは刺せなかった」


 そうか、私の刀も役に立てたんだ。

 頑張ってよかった。


「それより、元宮は大丈夫か?」


 まゆの口元に手をかざす。

 呼吸はしているようだ。

 続いて胸に耳を当てる。

 ドクン、ドクン。

 安定した心音が聞こえてくる。

 私は安堵の息を吐いた。


「あの妖怪が言っていた通り、眠っているだけみたい。榊は怪我しているでしょ? 私がおんぶして帰るよ」


 榊は怪我をしているものの、私たちは全員生きて帰れるのだ。

 本当によかった。

 本当に。

 私たちは来た道を引き返そうと足を踏み出した。




 終わったと、思ったのだ。


 背後から、物音がした気がした。

 風で木の葉でも動いたのだろうか。

 気にするほどでもない音だったが、何となく振り返って、そして足を止めた。


「さ、榊……」


「何だよ? やっぱ俺がおんぶするか?」


 先を行く榊に声をかけるとそう言いながら榊は振り返った。

 そして表情が固まる。

 地面に倒れた蛇女がこちらに手を伸ばしていた。

 その体はいたるところから崩れ始めており、指先も砂のように崩れていた。


「許さぬ……ただで帰すと思うな……」


 今までとは違うざらざらとした声が発せられる。

 もうあの妖怪は助からない。

 なのに、何をしようとしているのか。


 ぶわりと、強烈な霊力が蛇女を中心に膨れ上がった。

 鳥肌が立ち、体が震える。


「まずい! あいつ、自分がもう死ぬのをいいことに体内の霊力をすべて爆発させる気だ!!」


「は!?」


 ぼろぼろと崩れていく醜い顔で蛇女は嗤った。


「一人で死んでなるものか。ともに死ね!」


 空気が熱くなる。

 この規模の量の霊力では、ここら一帯が吹き飛ぶ。

 走って逃げても間に合わない! 

 肌がピリピリした。

 爆発する! 

 榊が私たちの体を押し倒し、上に覆いかぶさった。


 轟音。

 強い風が巻き起こり地面が揺れる。

 ぎゅっとつぶった瞼に、赤い光を感じた気がした。




 体に痛みはなかった。

 轟音にやられた聴覚が戻ってくる。

 風の音。

 そっと目を開ける。

 横向きに倒れこんだから、おんぶしていたまゆを押しつぶさずに済んだらしい。

 背中にまゆの体温を感じる。

 顔の横には筋肉のしっかりついた、青あざのある腕。榊の腕だ。


「……大丈夫か?」


「うん。榊がかばってくれたおかげだよ。榊こそ大丈夫なの?」


 榊が覆いかぶさってくれたから私たちは無事だったのだろう。

 でも、そのせいで榊は背中からあの爆発をもろに受けているはずだ。


「いや、俺は何もしていないんだ。今、何が起きた?」


 榊は体を起こし周りを見渡した。

 それに倣い私も周囲に視線を送る。

 そしてゾッとした。

 確かにもともと開けた場所ではあったが、それでもここまでではなかった。

 近くに生えていた木も、草も、蛇女の体さえも、何もない。

 山の中で緩い傾斜になっていたはずだが、地面がえぐれ、それももうわからなくなっていた。

 これを榊は一人で受けたのか。


「ちょっと! 背中!! 背中大丈夫なの!? 見せて!!」


 榊の肩を掴んでくるりと回す。

 血まみれのぐちゃぐちゃを想像していたが、蛇女と戦ったときの汚れ以外は何もなかった。


「は? え、すごい。何? 必殺技でも出した?」


「だから俺は何もしていない。それによく見ろ」


 そう言われて気が付いた。

 周りはまっさらになっているのに、私たちが立っている位置から半径一メートル程度は何ともなっていない。

 ここだけが落ち葉までもが残っている。


「どういうこと?」


「わからない。だが……」


 榊は私の鞄を指さした。


「その鞄が赤く光って、俺たちを包み込んだのを見た。お前、何か持っているのか?」


 鞄を開けてみる。

 邪魔にならない小さめの肩掛け鞄だから、物はそんなに入っていない。

 バスに乗るための交通系ICカード、スマホ、財布、私が彫った鏡は蛇女に渡してしまったからもうなくて、返し忘れた見本の鏡が残っている。

 後は入れっぱなしのハンカチとティッシュ。


「あ」


 たたまれたハンカチを取り出し広げる。

 そこに包まれていたのは割れた赤い石だった。

 もともとはビー玉くらいの大きさで割れていなかったはずだ。

 以前、赤い袴を着た角のカチューシャの妖怪からもらったものだ。


「それは?」


「もらったの。お守りだって言っていた……」


「なら、それが俺たちを守ってくれたんだな」


 榊は割れたかけらの一つを手に取ると日に透かした。

 その石は割れてもなお、きらきらとして美しかった。


「……帰ろう。今度こそ」


 榊はハンカチにかけらを戻すと歩きだした。

 私もまゆを背負いなおして横に並ぶ。


「なあ、刀谷。俺は、お前たちを守ってやるんだって、そう決意してこの戦いに臨んだ。でも、結局このざまだ。お前たちどころか、俺まで石ころ一つに守られた」


 榊は前を向いたまま、こちらを見なかった。


「俺は、お前たちを守れなかった」


 へこんでいるのだろうか。

 そんなことを言わないでほしい。

 だって私たちは何度も榊に助けられ、守られたのに。


「これじゃ駄目なんだ」


 榊が全然こちらを見ないのが嫌で、榊の肩に軽く頭突きをした。


「刀谷?」


「私は、私はね……」


 足を止め、ようやくこちらを見た榊に言葉を紡ぐ。


「私、本当は刀鍛冶なんてどうでもよかったの。でも家が刀鍛冶の家系だし、才能があるって周りに期待されていたからやっていただけ。でも、でもね、今回、自分の限界に挑んだ刀をつくって、それで戦っている榊を見て、ああ、これが刀鍛冶だって思った!」


 榊は黙って聞いている。

 こんな話を人にするのは初めてで、声が震えてしまいそうだった。


「私、本気で刀鍛冶を目指すよ。そして、もっと強い刀をつくる。それで、納得する出来の刀ができたら、スペシャル純也ソード二世って名付けるからさ、榊が使ってよ」


「それは……」


「私は榊に守られたって思っているよ。でも、榊がそれで納得できないなら、私の刀を使って、私たちがまた危ない目に遭ったときに助けに来てよ。だから、だからね……」


 うまく伝わらない。

 こんな話、するつもりじゃなかったから、自分の中でもまとまっていないのに。


「はあ……またダサい名前の刀を使わないといけないのか」


 そう言うと、ようやく榊は笑った。

 明るくなったその表情に安堵する。


「悪かったよ。後ろ向きなこと言った」


 榊はまっすぐ前を見た。

 私から視線は逸れたが、今度はもう嫌じゃない。


「俺はもっと強くなる。もっともっと強くなって、次こそ人を守り切れる力を手に入れる。そうしたらまた、お前の刀を使わせてくれ」


「うん!!」


 風が強く吹いて私たちの髪を揺らす。

 力強く歩き出す榊を夏の太陽が照らしていた。

 これからも退魔師を続ける榊はきっと今後も困難にぶつかることもあるだろう。

 それでも、挫けないでほしいのだ。

 だって私は、榊に守るって言ってもらえて嬉しかったから。

 頼もしかったから。

 私も頑張る。

 頑張って一流の刀鍛冶になって、人を守る榊が命を預けられる刀をつくるから、だから、だからどうか……




 その歩みを止めないで



第二作「その歩みを止めないで」はここで完結です。ここまで読んでくださりありがとうございました。


次回作はまゆの弟が主人公です。大学のサークル誌の制作に合わせて更新します。おそらく一月か二月になると思います。

作品自体は完成しているので必ず更新しますので、次回作もよろしくお願いします。

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