その歩みを止めないで 6
「ごめんなさい。私が鏡を踏んだせいで……」
「そんな、まゆのせいじゃないよ! 鏡が地面に落ちていたのが悪いんだよ」
「そうだ。幸いにも怪我も大したことないし気にするな。そんなことより、これからどうするかの方が大切だろう。そっちを話し合おう」
私たちはまゆの家に来ていた。落ち着いて話ができる場所が欲しかったのだ。
リビングのテーブルに座って話を始める。
「誰にも聞かれてはいけないからな。元宮、家族はいつ帰ってくるんだ?」
「うーん。弟がご飯前には帰ってくると思うけど、どうだろう。反抗期でさ、何も言わずに外で食べてきたりするんだよね」
「まゆの弟くん、ずっと反抗期じゃん」
「いやー無断で外食するのは最近からだよ」
「おい、その弟大丈夫か? 晩飯に帰ってこないとか、不良なのか?」
榊が心配そうに口をはさんだ。
「違う違う! 真面目な子だよ。帰ってこないのは塾で勉強しているからなの。あの子受験生だから。まあ連絡せずにご飯食べちゃうのは私への反抗なんだけど」
へらへらと笑うまゆに榊は眉をひそめた。
「もっとちゃんと怒れよ。それで、他の家族は? いつ帰ってくるんだ?」
「帰ってこないよ」
「そうか。ならしばらくは大丈夫だな」
「うん。あ、私飲み物持ってくるね」
まゆが立ち上がり台所へ向かった。
それを笑顔で見送った榊は、スススッと私の横に移動してきてささやいた。
「おい、帰ってこないって何だ。出張とかだよな? 聞いちゃいけないやつじゃないよな?」
「あー、まゆの家ってちょっと複雑でさ、あんまり突っ込まないであげて。本人は気にしてなさそうにふるまっているけど、本当に気にしていないのかわからないからさ」
「お、おう」
「ねえお茶でいいよね? ……何しているの?」
まゆが戻ってきて声をかけた。
榊が慌てて私から離れる。今の会話は聞かれていないようだ。
「なんでもない。じゃあ、今後どうするか、話し合おうか」
鏡、木彫り、鳥、蔦、木の実、こういった単語を組み合わせ検索エンジンに入力する。
結局、同じ鏡を探すしかないという結論に落ち着いた私たちは手分けして鏡を探していた。
しかし、似たような雰囲気の物はあっても、まったく同じものは見つからない。
「もうこの鏡と同じものを作ってくださいってオーダーメイドしたほうがいいんじゃないの!?」
「無理だ! 時間が足りない。オーダーメイドだと相談や見積もりにも時間がかかるんだ。大急ぎでやってもらおうにもこちらの事情は話せないしな」
「でも、まったく同じものなんて見つからないよ! 画像検索でも出てこない。これ量産品じゃないんじゃないの?」
「そんなこと言ったって探すしかないだろ!」
言い争う私たちにまゆが口をはさんだ。
「私たちだけで探すのってやっぱり無理があるよ。SNSでこの鏡知りませんか? って情報収集しようよ」
「駄目だ。あいつの言う『誰にも話すな』がどこまでを指しているのかがわからない。脅されていることか、鏡を探していることか。わからない以上、下手な真似はできない」
「でも、ばれるのかな? SNSなんてわからないんじゃない?」
榊は首を横に振った。
「あいつはいかにも力のある妖怪といった感じだった。どんな術が使えるかわからない。今この会話だってなんらかの方法で把握されている可能性がある。もう一度言うが、下手な真似はできない」
行き詰ってしまった。
それから私たちは無言でスマホに向き合っていたが、同じ鏡は見つからなかった。
そうこうしているうちにまゆの弟が帰ってきてしまい、今日のところは解散となった。
それから私たちは鏡を探し続けた。
SNSやネットショッピングのサイトは毎日チェックしたし、木彫りの鏡が売っていそうなアンティーク調の雑貨店も何件か回った。
でも、見つからない。
一日、二日、三日……。
時間はどんどん過ぎていく。
求めているものは見つからず、ただただ焦りだけが募っていった。
期限まで今日を含めて残り三日となった木曜日。
私たちは学校をさぼりバス停に集まっていた。
もうネットではどうしようもなく、少し遠出して行ったことのない店を直接回ることにしたのだ。
もちろんそんなことで見つかる可能性は低いとわかっている。
しかしそれでも何かしらしないといけないのだ。
「この鏡、よく見るとかなり古いよね。もしかしたらもう製造していないんじゃ……」
そう呟くまゆに榊が噛みつく。
「だから! そんなこと言っても仕方ないだろうが! 製造していようがしてなかろうが探すしかないんだ!」
「ふーん。お兄ちゃん、その鏡を探しているんだ」
背後から知らない声がしてドキリとする。
話を聞かれた。
誰にも話すなという条件には引っ掛かっただろうか。
おそるおそる振り返る。
そこには、小学校高学年くらいの女の子が立っていた。
どうしてその服を選んでしまったのか、横じまのトップスに縦じまのスカートで、何らかの錯視が仕掛けられていそうなファッションだ。
「奈緒!? お前学校は!?」
「さぼった。だってお兄ちゃんなんか変なんだもん。気になっちゃって」
「嘘だろ……お前がついてきているのに気が付かなかったなんて……気配には敏いつもりだったんだが……」
榊は頭を抱えた。
榊は今、妖怪に無理難題を吹っ掛けられている最中だ。
周りに気を配れなくても仕方がないのかもしれない。
それよりも、話を聞かれたことが深刻だ。
あの蛇女は誰かに話したら即座に殺すと言っていた。
辺りを伺う。
何かが近づいてくる様子はない。
あの山にいる蛇女がどうやって殺しに来るのかはわからないが、即座と言うのならすぐに来るのだろう。
だが、その様子はない。
ならば、詳しい事情を話していないしこの程度なら問題ないのか。
「ねえ、その子、妹さん?」
「ああ、奈緒だ。おい奈緒、悪いが詳しいことは話せないんだ。何も聞かずに学校へ行け」
「やだ。だってお兄ちゃん変だよ。土曜日から、刀なくなっているし、なんかずっとスマホ見ているし。お父さんも怪しいって言っていたよ!」
「奈緒、本当に話せないんだ」
「でももう聞いちゃったよ。おんなじ鏡が欲しいんでしょ? 見せて!」
奈緒ちゃんはそういうと鏡を持っているまゆの腕を掴んで下に引っ張った。
まゆは困った顔をしながらもされるがまま腕を下げた。
「わあ! かわいい!」
「どこに売っているか知っているかな?」
「知らない。でも簡単だよ!」
そう言うと奈緒ちゃんは兄と同じたれ目を細めながらにっこりと笑った。
「ないなら作ればいいじゃん! お手本あるんだもん」
「は? 何を言っているんだ奈緒? できるわけないだろ。素人だぞ」
「できるもん!」
奈緒ちゃんはむきになって言い返した。
「去年、自由研究で作った人いたよ!」
「おいおい、小学生がか? あのな奈緒、出来のいい自由研究ってのは親がやっているんだよ。そいつの親職人だろ」
「ちがうよ! 自由研究用のセットがあるんだよ! 木を彫るやつの!」
「何?」
榊は黙って考え込みだした。
まさか、本気で彫る気か?
この蔦と木の実と小鳥の木枠を。
「……いける。いけるかもしれないぞ! ありがとな奈緒! じゃあ学校行けよ! 刀谷、元宮、いったん帰ろう。相談がある」
そう言うと榊は来た道を戻り始めた。
通りから乗る予定だったバスが来ていたが、それには見向きもしなかった。
私とまゆは顔を見合わせ、奈緒ちゃんに手を振りながら榊を追いかけた。
まゆの家に上がると、榊はスマホを操作して通販サイトの画面を見せてきた。
「あった。奈緒が言っていたのはこれだ」
その画面には『木彫りキット 手鏡』と書かれていた。
「待ってよ! 本気で自分で作るつもり?」
「ああ。売ってないんだからな。作るしかないだろ」
「でも、初心者がこの鏡そっくりに彫れるわけないよ」
榊は首を横に振った。
「問題ない。だってあの妖怪は代わりの鏡が欲しいわけではないからな。ほら、言っていただろ? 自分のために必死になって探し回ってほしいって。なら、手作りなんて実に必死じゃないか」
そう言われてみればそうなのか?
確かに、あの蛇女が求めていたのは鏡そのものではなく気持ちか。
なら、手作りはありかもしれない。
「今すぐ注文すれば追加料金で今日中に届く。本気でやれば明日中にできるだろ」
私とまゆは顔を見合わせうなずいた。
どうしようもないと思っていた問題に希望が見えた。
あとは、頑張るだけだ。