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巡り会いしその日から  作者: 月宮雫
その歩みを止めないで
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その歩みを止めないで 5

 くいっと袖を後ろに引かれた。

 振り返るとまゆが困った顔をしてこちらを見ている。


「ねえ、何が起きたの? その人、前に朱音に会いに来ていた人だよね?」


「ああ、あの時のお友達か。前にも名乗ったが、榊純也だ。退魔師をやっている」


 榊が刀を鞘にしまいながら再び名乗った。


「元宮まゆです。今のは……よくわからないけど助けてくれたのかな? ありがとう」


 そう言って笑うまゆを見て榊は驚いたように目を瞬かせた。


「本当に妖怪を信じてくれているんだな。視えていないのに」


 そう呟きながら、榊は刀をしまった鞘をさらに竹刀袋にしまう。

 刀の鞘を腰にぶら下げていたら目立つからだろう。

 まだ竹刀袋を背負ったほうがましだ。


「それより、お前たちが何をしにこの山に来たか知らないが、早く下山したほうがいい。この山は今、妙にざわついているんだ」


「ざわついているって?」


 私の疑問に榊は答えた。


「なんでも刃物を持った妖怪が何かを聞いて回っていて、答えが怪しいと攻撃してくるらしい。妖怪と会話できる人間は少ないから、もっぱら被害は他の妖怪に集まっているそうだが」


 そこで榊は一つため息をついた。


「どうもその妖怪に影響されて、今までおとなしくしていた妖怪たちの凶暴性が上がっているんだ。さっきの黒い奴もそうだろう。だからこの山は今危険なんだ。下のバス停まで送るから今すぐ帰ってくれ」


「バス停までって、榊は帰らないの?」


「俺は元凶の妖怪を調べて、対処できそうなら退治する。いいからお前らは帰れ」


 そう言いながら榊は私たちの背中を押す。

 まだ写真を撮っていないけれど、わざわざ危険な場所で撮る必要もない。

 写真が必要なのは夏休み明けなわけだし、今日は榊の言う通りおとなしく帰った方がよさそうだ。

 私とまゆは榊に導かれながら坂を下り始めた。




 来た道を戻る。

 おいしいアイスの蕎麦屋を通り過ぎた。

 これで半分くらいか。

 今のところ、危なそうな妖怪とは遭遇していないけれど、言われてみれば確かに小物の妖怪たちが普通より怯えて縮こまっている気がする。


「ねえ榊くん。さっきの男の人は放っておいて大丈夫なの?」


 まゆが榊に話しかけた。

 そういえば、直接の被害者はあの男性だ。

 逃げてしまったから、彼には何の説明もできていない。


「まあいいんじゃないか? あれが誰だかわからないし、どうせ妖怪だって視えていなかったんだから」


 そこで榊は少し考えて付け加えた。


「不審者として通報されたら面倒だが、退魔師の組織はそういう場合の対策はしっかりしているから大丈夫だ」


「へー」


 まゆは感心したように相槌を打った。


「ところでさ、さっき私たちを襲っていた妖怪ってどんなのだったの?」


「全体的に黒くて、口が妙にでかかったな。弱くてつまらん相手だった」


 それを聞いたまゆは首を傾げた。


「つまらない? 相手が弱いなら怪我しなくて済んでいいじゃない」


「手ごたえがないとつまらん。俺は強い奴と戦うのが好きなんだ」


「なんか少年漫画みたいだね」


 まゆがそう言ったときだった。

 まゆの足元からパリンという音が聞こえた。

 視線を落とすと、まゆの足が何かを踏んでいる。


「やだ、何か踏んじゃった……鏡?」


 まゆが足をどけるとそこには手鏡があった。

 まゆが慌てて拾い上げる。

 枠は木彫りで、蔦と木の実と小鳥が繊細に彫られていた。

 鏡は割れ、枠にもひびが入ってしまっている。

 随分と古いようだから簡単にひびが入ってしまったのだろう。


 その時だった。

 ズルズルズルッと何かを引きずる音が聞こえた。

 来るときに聞いた蛇女の音と似ているが、あの時よりも素早く移動しているようだ。

 なんなら、真っすぐこちらに向かってきているような気がする。


 榊もそれに気が付いたのだろう。

 背負っていた竹刀袋を下ろし、鞘を取り出す。

 そしてそれを腰に付け、いつでも抜けるように構えた。


 すぐ横の茂みが揺れた。

 それと同時に薙刀が飛び出してくる。

 榊は抜刀しそれを受け止めるとはじき返した。


「鏡が、鏡が割れる音がした。小僧ども、吾の鏡を壊したのではなかろうな?」


 茂みの中から姿を現したのは、やはりあの時の妖怪だった。

 長い黒髪、黒い着物、そして白い蛇の尾。


「吾は鏡を探しておる。大事な大事な鏡じゃ。隠してはおらぬかえ?」


 蛇女と榊は二、三度刃をぶつけ合い、少し離れた。

 蛇女が大きく薙刀を振るう。

 榊はそれを後ろに下がることでよける。

 そのまま反撃に出ようとした瞬間、薙刀を振った勢いのまま回転した蛇の長い尾が榊の横腹に食い込んだ。

 榊の体が吹っ飛び、転がる。


「榊!!」


「何!? 何が起きているの!?」


 蛇女の目がこちらを向いた。


「ほう、そこの小娘には吾が視えぬのじゃな。どれ、視せてやろう」


 そういうと、蛇女は薙刀を片手で持ち、空いたほうの手で空中に印を描き、術を発動させた。

 なんだ? 

 特に何も起こらない。


 ぎゅっと腕を握られた。

 まゆだ。

 震えている。

 その目は確かに蛇女を映していた。


「あ、あれ、あれが、妖怪……」


「え、視えて……?」


「視せておるのじゃ。ちと聞きたいことがあってのう」


 蛇女はニタリと笑った。

 口から先の割れた舌が覗き、チロチロと揺れる。

 その舌で薙刀の刃をベロリと舐める。

 なんだか濡れているように見えたのはこのせいか。


「さて小娘。その手に持っておる物を見せてみよ」


 蛇女がまゆの腕をガッと掴み、手に持っていた鏡を奪い取った。

 そしてそれを見た目がみるみる血走り、鬼のような形相に変化する。


「ああ、吾の鏡じゃ。割りおったな……許さぬ……許さぬ!!」


 蛇女が薙刀を振りかぶった。

 私たちはまさに蛇に睨まれた蛙。

 ただただ怯えて震えるしかできない私たちに刃が振り下ろされる。


 しかしその刃は私たちに届かなかった。

 これで守られるのは二度目だ。

 榊が、私たちの間に割り込み、刀を合わせていた。


「なんじゃ。もう復活しおったか」


 榊は無言のまま刀を押し出した。

 蛇女はその力に逆らわず後ろに下がって距離をとる。

 片手が鏡で塞がっている今、刀と打ち合うのは不利だと思ったのだろうか、蛇女は鏡を懐にしまう。

 その瞬間に隙を見つけたのだろう。

 榊が飛び出し、刀を突きさそうとした。

 しかしそれはうまくいかなかった。

 蛇女は慌てず尾で薙ぎ払おうとする。

 榊は前進する勢いを殺さぬまま地面を転がることで尾を潜り抜け、蛇女の背後をとった。

 勝った! 

 そう思ったが甘かった。

 薙刀の柄が榊の腹部に突き刺さる。

 膝をつき呻く榊に薙刀が振り下ろされる。

 慌てて刀で受け止めるが、咄嗟のことで受け止め方が悪かったのだろう。

 刀が、折れた。

 慌てて飛びのき距離をとる。


「ふむ。先ほどのはヒヤリとしたぞ。じゃが、刀が折れてしまってはもはや戦えまい」


 蛇女はそこで私たちの方を振り返った。


「さて、吾の鏡を割った愚か者を切り裂いてやらねば」


 しかし蛇女は私たちの方へ向かってこなかった。

 榊が、蛇女の背中を折れた刀で突き刺している。

 蛇女は尾で榊を振り払うと刺さった刀を引き抜いた。

 血が通っていないのか、そこからは何も溢れてこなかった。


「小僧、こんな折れて霊力も漏れてしまっている刀で吾が倒せると思うたか」


 榊の足元に折れた刀を投げ捨て、しかし蛇女は表情を緩めた。


「だが、その心意気やよし。お主に免じて一度だけ機会をやろう」


 そう言うと蛇女は先ほどしまい込んだ鏡を取り出した。


「この鏡とまったく同じものを用意せよ。期限は七日間。吾はずっとこの山におる。手に入り次第、この山へ来よ。お主の匂いを感じたら受け取りに行く。このことは誰にも話すな。もし誰かに話したら、即座に殺しに行くからの」


「何故話してはいけないんだ。同じ鏡が欲しいなら、大勢に協力してもらったほうが鏡を手に入れやすいだろ」


 蛇女はふんっと鼻を鳴らした。


「勘違いするでない。吾の鏡に代わりなど存在せぬ。たとえ全く同じものを用意しようと、それはこの鏡とは別個のものなのじゃから」


「なら、何のためにこんな条件を出す?」


 蛇女はそっと鏡をなでた。

 その手つきはまるで愛しい恋人に触れるかのように、優しかった。


「この鏡はな、人間からもらったのじゃ。吾への詫びの品として吾の好みに合うものを何件もの店を回って探してくれてのう」


 蛇女の目がすっと榊を向いた。


「その人間と小僧、お主は似ておる。この鏡の代わりなどないが、もしもお主が彼と同じように吾のために必死に鏡を探し回ってくれたらば、許せるかもしれぬ」


 蛇女は割れた鏡を榊の足元に置いた。


「大勢で探しては意味がないのじゃ。お主が苦労して手に入れなければな。話をすでに聞いてしまったそこの小娘らは仕方がないから数に入れてやるが、必ずお主ら自身で探し出すのじゃ。この鏡は見本として預ける。新たな鏡とともに返せ。よいな? 期限は七日間じゃからな」


 そう言うと蛇女は尾を引きずりながら去っていった。

 残されたのは、震える私とまゆ、怪我をした榊、折れた刀と、そして割れた鏡だけだった。


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