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ファーストシーン

 意識が闇に沈みつつある中、俺は思った。

 本当に、呆気ない最期だったな、と。


 視界はぼやけ、手足の感覚など疾うに失っていた。腹部から、ぬるりとした赤黒い液体が止め処なく溢れ出しているのがわかる。先はもう、短いのだと悟った。


 息子のひろしと嫁のひかりは無事だろうか。一家の大黒柱としての最期の役目だ、と二人をどうにか逃したが、どうだろうか。たつみの目標が俺だけであればいいのだが。

 どちらにせよ、今の俺にできることはただ祈るだけだった。本当に、不甲斐なくて、情けないばかりだ。


 どうしてこうなってしまったんだろうか。そんな意味のない後悔が幾度となく脳内を駆け巡る。


 中谷なかたにたつみと出会ったのは高校時代だった。校外学習、夏祭り、修学旅行、彼と多くの時と思い出を共にした。当時であれば、たつみのことを親友だと疑いもなく言えただろう。


 関係がこじれ始めたのはいつのことだったか——明確に覚えている。

 大学を共に卒業し、それから三年が経った六月のことだのことだ。俺は、生活に苦しんでいたあいつに一〇万円を貸した。

 これが最初で最後だと、二人で言い合った——今思えば、それが最初の過ちだったのだろう。


 その後、たつみは事あるごとに金を借りていくようになった(これは後に知ったことだが、彼は俺以外からもお金を借りていたらしい)。そして彼の借金はどんどん膨れ上がっていき——気づいた時には、借金の額は彼が返せる限界を明らかに超えていた。


 きっと彼もそのことに気がついたのだろう。ある時を境に、彼はお金を返すことをはたりとやめた。

 もちろん、俺は何度も返済を促した。しかしたつみはその口のうまさで、何度ものらりくらりと言い逃れていた。その態度に、俺は不満を募らせていた。


 その不満が噴出したのは、高校時代の友人で集まった時だった。俺は返済を促したが、巽はいつものようにはぐらかした。いつもならばそこで終わるのだが、何しろその日はひどく酔っていた。だから思わず言ってしまったのだ、『お前が借金を完済しない限り、俺とお前は対等な友人ではなくて、貸した借りたの上下の関係だ』と。

 言った直後、しまったと思った。いつも温厚な俺が怒るとは想像していなかったのか、巽は驚きと好奇の混ざった目で俺を見ていた——これが、二度目の過ちだ。


 その後の俺たちは、決して友人とは言えない。この言葉が心に引っかかり、俺の心は、日に日に彼から離れていった。そして彼は僕を、引き止めなかった。

 まるで、『お前が借金を完済しない限り、俺とお前は対等な友達ではなくて、貸した借りたの上下の関係だ』——その言葉が実現したかのようだった。


 ——今となっては、彼への友好の気持ちの一切を失ってしまった。それは、彼も同様だったのだろう。


 だからきっと、今のような事件が起こってしまったのだろう。


 ……ああ、憎い。巽のことが、どうしようもなく憎い。叶うのならば、彼を殺してやりたい思いだ。

 腹部から液体が抜けていくにしたがって、空いた空間にドロドロとした別の何かが占めていくのがわかった。煮えくり変えるような、血液よりも熱い何かだ。


 これは憎悪か? はたまた殺意か?

 否、それら全てだ。ありとあらゆる悪感情全てが入り混じり、それが腹の中で渦巻いているのだ。


 ああ、殺したい。

 どうしても、殺したい。

 どうしてでも、殺したい。

 どのようにしてでも、殺したい。

 殺して、歪めて、汚して、辱めたい。


 だが、それも叶わない。俺はもう、意識が虚無に霧散するのを待つだけの存在なのだ。視界を失ってしばらく経つ。そのほか五感も全てなく、物理的な全てを知覚することができなくなっていた。

 苦しさも、痛みも——だ。


 ……しかし、遅いな。死ぬ間際は時間が長く感じるというあれだろうか。こんな状態で生かされるのならば、もういっそ、早く死なせてくれと思う。

 意識だけあっても、巽を殺せないのならば仕方がないのだ。


 その時、俺は何かの存在を感じた。正面だ。


『そうか、それほどまでに憎いか。たちばな悠二ゆうじ


 誰だ、と確認するまでもなかった。俺がそう考えるだけで、そいつはそうと知っていた。


『我を表す言葉は数多ある。世の理、運命、因果……しかしあえてこの場で誰かと問われれば、そうだな——『機械仕掛けの神』とでも名乗っておこうか』


 そいつの名が明かされると共に、いくつかの疑問が湧いて出た。


『一つ目の疑問について答えると、我は正真正銘の神——より正しくは、超常の存在である。そして二つ目の疑問について答えると、我は貴様の願いを叶えるためにここにいる』


 対話ではなかった。俺はただ疑問を抱くだけで、『機械仕掛けの神』が全てを解決する。


『貴様が復讐を望むのであれば、我が相応の準備を行おう。貴様はただ、決断するだけで良いのだ——奴を、中谷巽を殺したいか?』


 ——決断。その言葉に、特別な意味を感じた。


 一度、自分に問いかける。俺は、巽を、どうしたいのだろうか。


 殺したいのか? ——そうだ。

 苦しませたいのか? ——そうだ。

 あの憎たらしい顔を苦痛に歪めたいのか? ——そうだ!


 刺殺したくて、絞殺したくて、銃殺したくて、轢殺したくて、射殺したくて、惨殺したくて、虐殺したくて、圧殺したくて、暗殺したいのだ。

 焼き殺したくて、突き落としたくて、斬り殺したくて、茹で殺したくて、溺れ死なせたいのだ。

 ありとあらゆる方法で、ありとあらゆる苦痛を味わわせ、ありとあらゆることを後悔させ、ありとあらゆる地獄を経験させたいのだ。

 俺は——中谷なかたにたつみを、殺したいのだ。


『決意は十分のようだな、ならば全ての準備は我が行おう。貴様はそこで少し休んでいいるといい』


 そう言って、さっきまで感じていた『機械仕掛けの神』の存在感がなくなった。直後、俺は意識を失った。

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