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短篇(活劇)

猜拳無頼

 地球上の文明がいともあっけなく滅んだのは、もう幾世代も前のことになる。原因は独裁者たちのつまらない意地の張り合いだったらしいが、すでに誰も覚えてはいない。


 半砂漠化した東京のバラック街を、目深なフードに顔を隠した旅人がぼろのマントをたなびかせ、ひとり往く。


「とまれ、よそ者」


 くぐもった声とともに、ゆく手はばむは身の丈3メートルあろう巨漢。急激な環境変動に適応した、ヒトの多様性の一形態である。


「身ぐるみ置いて、回れ右だ」


 巨体にそぐう魁偉な容貌で見下ろし、電柱めいた太さの腕を振りかざしての重威圧。


「断る──と、言ったら?」


 静かに問いを返すフードの下、ちらり覗いた旅人の右目が、ぎらり戦意を帯びる。


「ならば……、コイツをくらえ!」


 薙ぎはらうように振るわれた豪腕、空を裂き迫るサッカーボール大もあろう巨拳は、しかし誰の顔面を潰すこともなく空中で静止していた。

 その5ミリ先では、マントの隙間から抜きはなたれた旅人の右の手のひらが、ふわりと五指を開いて静かにたたずむ。

 一拍おくれて拳圧にフードがめくれ、こぼれる肩までの銀髪とともに、旅人の素顔が晒された。思いのほか端正で細面の、されど日に焼けた赤銅の肌。左眉から眼帯の下をはしり頬まで縦断する傷跡も精悍な、堂々たる美丈夫である。


「くそおッ!」


 悔しげに咆哮し、巨漢は大地を揺らして膝を衝く。それでも目線の高さでは旅人を見下ろしていたが、凶相の奥の瞳から戦意はすでに喪われていた。


 そう、彼の岩石の如き拳は、旅人のしなやかな手のひら、すべてを優しく包み込むやわらかな和紙のようなそれに、敗北したのだ。


 岩石は和紙に──グーはパーに勝ち得ない。摂理である。


 文明の崩壊という取り返しのつかない生贄を捧げ、ついに人類は、暴力の愚かさ争うことの虚しさを遺伝子レベルで悟るに至った。

 結果この地上において、相手を傷付けず遺恨ものこさぬ絶対的勝敗決定手段、すなわち"強さ"の尺度となったのが、我々もよく知る遊戯──猜拳じゃんけん、そのものである。


「行くのか、龍の骸に」


 巨漢は歩き出す旅人の背に問う。

 龍のむくろ。かつてスカイツリーの名を冠され、文明と共に手折られ倒れた巨塔の成れ果て。そこに巣食うように作られた要塞を、人々は大いなる畏怖とすこしの忌避を込め、そう呼んだ。


「まさか、あの男に」


 そこに君臨するのは、すべての猜拳に一手で勝利してきた最強の男、あいこ知らず(アインハンダー)


「兄の、仇だ」


 旅人の背中が、ぼそり答える。


「……やめておけ。やつには誰も勝てない」

「だとしても。おれはあの日の──“あいこ”の決着を、つける」


 揺るがぬ決意の言葉を置き土産に歩き出した旅人を、砂塵のかなたに消えるまで見送った巨漢は、ふと何か思い至り、懐からぼろぼろの紙きれを取りだす。

 手配書であるそれに描かれた人相は凶悪だったが、左目に走る痛々しい傷はじめ、どこかしらあの旅人の面影があった。


「ジャン・クロード・剣崎」 


 手配書の名を、そこにまつわる伝説を、巨漢は上ずった声で絞り出す。


いなかチョキエンシェント・シザースを受け継ぎしもの」

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公と巨漢とのバトルシーンは、まさに手に汗握るような迫力がありました。 フランスのじゃんけんはここに新たに「井戸」という四つ目の手があるそうです。フランスから来た敵が現れたら手強そうだな、…
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