其の三
「こりゃひでえな」
「そうね」
「ここ、もう誰も参ってくれないのか?」
「ええ。そういう寂れた所、増えているよ。立派な神社やお寺も、参り手がいなくなってしまって、終わってしまうの。天海神社も他人事じゃないわ。ね、天人。お地蔵様を起こすのを手伝って。このままじゃ可哀想」
「えー。お前がやれよ。何で俺が」
「お地蔵様って石で出来ているから、すごく重たいの。私一人の力じゃ無理よ」
「ったく。神様遣いの荒い女だぜ。貸しひとつだかんな。貸し」
「はいはい。相当な貸しの中からひとつ引いておくわ」
天人の相手はまともにしない方が、胃の為だ。
お祓いの鈴よりも、掃除用のタオルの方が必要だったかもね。
少しでも汚れが取れたらいいなと思って、小さな綿のハンカチで汚れたお地蔵様を一生懸命拭いた。
参り手が無く、鬱蒼とした町はずれ。もしかしてこの辺りが不穏な空気に包まれているのは、こういう守り神であるお地蔵様や神様なんかを粗末に扱っているから、怒っていらっしゃるのかもしれない。
祠を直して綺麗にして差し上げれば、もしかしたらこの騒動は収まるかも?
「ねえ、天人。アンタ、不思議な術が使えるでしょう。祠は魔法で直せないの?」
「魔法だぁ? 俺の神術は魔法じゃねーっつーの」
「似たようなモンでしょ」
「全然違うし」
「それで、できるの、できないの?」
「まあ・・・・やってやらなくもねーけどよ。結構疲れるんだ。だからさ、褒美に女の一人くらい、今晩与えて欲しいなぁ」
「冷気だったら、今すぐたっぷり与えてあげるけど?」
「・・・・結構です。はい、喜んでやらせて頂きます」
天人がぶつぶつ文句を言いながら、それでも何やら呪文というか神術を唱え、勾玉を頭上に掲げた。
すると優しい光が辺りを包み、古く壊れた祠は修繕され、お地蔵さまはその中に収まり、割れてヒビの入っていた瓶は元通りになった。恐らく、参り手の誰かが手入れをしていた頃の状態にまで戻ったのだ!
「きゃーっ、凄い! 天人、凄い力じゃないのっ!!」
神術って言うけれど、現代風に言ったら魔法だ。
「だあーっ。疲れた! もう無理。しんどいーっ」
ばたーん、という擬音が似合いそうな程の勢いで、天人は草むらに寝転がった。「これ、俺の生気を相当使うんだよ。小さな祠ひとつ直すだけでこれだ。もう、絶対やらねーぞ・・・・」
そうなんだ。何でもできる訳じゃ無いのね。神様でも万能じゃないっていう所に、ちょっとだけ親近感を覚えた。
「お地蔵様。こんな状態なのに気づいて貰えなくて、淋しかったですよね。これからは欠かさずお参りに来ます。今度はお供え物を持って来ますから、どうかまた、この地をお護り下さい」
お顔の汚れが取れたお地蔵様に向かって、私は頭を深く下げた。祠も元に戻ったから、きっと喜んで頂けた筈。
町はずれとはいえ、綺麗に整備して貰わなきゃ。昔はもっと綺麗だった筈のこの地も、だんだん廃れて来たせいで手入れが行き届かなくなって、汚くなっている。このままじゃ悪循環だ。
「あの・・・・その勾玉って、誰でも使えるの?」
まだ起き上がる事のできない天人に向かって、聞いてみた。
「ああ。基本的にはな。神々の魂が沢山宿っているから、パワー増幅は半端ない。だから、使い方を間違えたらこの世が終わるぞ」
「だよね。でも・・・・お地蔵様を直したのに、この地の不穏な空気が消えないの。天人は浄化までできないのよね。だったら一度、私にやらせてくれない?」
到着した時に感じた不穏な空気は、まだ消えていない。お地蔵様が原因ではなさそうだ。
「何か、悪しき力が・・・・働いているような気がするの。だから、祈ってみたい。やってみてもいい?」
「失敗したら死ぬかもなぁー。それでもいいのか? 覚悟あんの?」
「死なないわ」私は笑って言った。「だって、アンタがそこにいるから。死にそうだったら助けてね。じゃなきゃ化けて出てやるから」
「は?」
「勾玉、借りるわよ」
天人の手から勾玉を取り、首にぶら下げた。念じれば、どんな願いでもかなえてくれるのだろうか。
小さな祠を元通りに直すだけで、神だとのたまっている天人が、これ程のダメージを受けているのだ。この世を浄化しろ、なんて私如き人間が願っても無理だろう。天人の言う事が本当なら、命を燃やされるだけで終わりそうだ。
ならせめて、この辺りの空気だけでも浄化できないだろうか。
というのも・・・・お地蔵様が怒っていらっしゃるような気がするのだ。
天人の力で祠も直った。元通り収まったけれど、何だか違う。お顔は笑っているのに、笑っていない・・・・何となくだけれど、そんな風に思える。これはただの勘だけれど。
お地蔵様。どうか、お怒りをお鎮め下さい。
そしてまた、私達を、この地をお護り下さい――
心から願うと、私の体内から何か大きなエネルギーの塊のようなものがドンと放出され、途端に力が入らなくなった。勾玉の不思議な力が共鳴したのか、天人の言う通り立てなくなって、ポテっと草むらに寝転ぶ形になった。
「神奈・・・・やっぱお前、人間じゃねーだろ」
「人間です」
「スゲー気、ぶっ放しやがって。何したんだ」
「お地蔵様にお願いしたの。また、この地を護って下さい、って。でも、お陰で不穏な空気は消えたわ。きっと、浄化されたのだと思う。この勾玉、凄いね。大切なものでしょ。それに、お父さんのものなんでしょう? 返しておくね」
はい、と手だけを天人に向け、天上界からくすねて来たという大切な勾玉を返した。
「なあ、神奈。・・・・そんなスゲー気がありゃ、小さな町ひとつくらい簡単に消し飛ばす事ができるんだぜ。やってみたいと思わないのか? 誰もが羨む力が持てるんだぞ。そうなったら、お前の天下だ」
「要らない」私は即答した。
「は? なんでっ。この勾玉を素直に俺に返してきたヤツなんか、今までいねーぞ。凄まじいパワーを巡って神々でさえ争いを行った程だからな。見かねた俺の親父が、この勾玉に神々の魂ごと封じ込めたんだ」
そんな恐ろしいもの、よくもまあ盗んで持ち出して来たわね・・・・。大丈夫なのかしら。
「そんな破壊の力なんか、何の役にも立たないわ。結構よ。ウィルス壊滅させられるのなら、その破壊の力は欲しいけれど。無理でしょ?」
「ウィルス限定っつー訳にはいかないな。破壊するなら、全てだ」
「じゃ、要らない。破壊なんて興味ないもの」
「面白い女だな」
ふっと目を細めて笑われた。
力が入らないので、暫く荒れ地の草むらに転がって、空を眺めた。寝ころんで空を眺めるなんて、何年振りだろう。忙しい毎日に追われ、こんな風にゆっくりとした時間を過ごす事、本当に久しぶりだ。
――天人。聞こえるか、天人。
動けないので二人揃って草むらに転がって空を眺めていると、突然不思議な声が響いた。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m
定期更新は、毎日21時です。
執筆連載中作品のため、固定更新&ゲリラ更新となります。
固定は毎日21時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。