其の三
それから二人で抱き合い、肩を寄せ合いながら微睡んだ。沢山の話をして、お互いの距離を縮めたように思う。甘く切ない、二度と得られぬ時間と温もりを手にした。
「我儘、叶えてくれてありがとう」
「いいや。こっちこそ。体、辛くねえか?」
「天人、本当に変わったわね。女の人にそんな事聞いた事ないでしょ」
「確かに、初めて聞いた。ヤッた後にンな考えに及んだことねーよ。お前のお陰で、ちょっとはマシになった証拠だろ」
「ふふ。私が第一号で嬉しいわ」
乱れた着衣を直し、きゅっと唇を結んだ。これで私と天人はもう、ただの仲間。これから極夜を封印しに行く為に、力を合わせるだけ。
「朝ごはん、用意してくる。食べたら行きましょう」
「玉子焼き五つくらいは焼いてくれよ」
「急だったし、そんなに材料が無いわよ。あるだけ、作って来る。待っていて」
まだ誰も起きてこないうちに朝食の準備を整え、宝物殿へ運んだ。すでに私の気配を察知したミケやじぞーちゃんも来てくれていた。
「決戦前だから、しっかり食べてね。これを食べたら出発しましょう」
みんなの為にご飯を作るのも今日で最後。心を込めて作った朝食だ。
「やっぱ神奈の飯が、一番最っ高」
天人の好物である玉子焼きに早速手が伸びた。出汁巻きと訂正するのも、もう面倒なのでこれでいいやと思った。
「気になったんだけれど、普段天上界では、どんなものを食べているの? 美味しいの?」
「んー、なんか形容しがたい果物とか作物ばっか。結構美味いんだけど、二千年も食ってたら流石に飽きた。人間界の飯の方が美味い」
「そうなの。じゃあ、玉子焼きは自分で作ればいいじゃない? それよりも天上界に、玉子ってあるの?」
「おお、その手があったか。今度やってみよ。術で出しゃ、玉子でも何でもあるぜ」
玉子よ出ろ、みたいな感じで出すのかしら。想像するとおかしくて、唇の端に笑みが漏れた。
「じゃあ、頑張って作ったら、天上界のみんなに振舞ってあげればいいんじゃない? 手始めに、蒼玄様にでも」
「そうだな。やってみるか」
楽しそうに笑う天人を見るのは、これで最後。
極夜を封印して別れが訪れても笑顔で見送れるように、今日この時間を、心に刻んでおこう。
そして別れるのは、天人だけじゃない。じぞーちゃんやミケとも、お別れの時は近いのだ。
「さあ、お腹もいっぱいになったし、早速出発しましょう! 神奈、どこへ向かえばよろしいの?」
「じぞーちゃんの祠がある裏の山をひとつ越えた先の集落よ。もうこの集落、今は誰もいない廃集落になっている筈。ミケは、随分遠くから頑張って走って来たのね。ご主人様の為に、偉かったわ。辛かったでしょう」
「そう・・・・もう、今は誰も住んでいないのね。ただ、当時は必死だった記憶だけはあるのよ。でも、アタクシそのまま地蔵の傍で力尽きてしまったのね」
「仕方がないわ。とても遠いもの。でもね、極夜を封印して無事に戻ってこられたら、毎日ちゃんと、ミケとじぞーちゃんに手を合わせに行くわ。必ず、約束する」
「えー、嬉しいけど無理しなくてええよ、神奈」
「そうよ。時間のある時でいいわ。アタクシも地蔵も、神奈が神様や仏様を大切にしているのは、知っているから」
「ありがとう。それじゃあ、行きましょう!」
みんなで手を合わせ、私達がどうか誰も傷つかずに、無事に帰ってこられますように、と願いを込めた。
それから、暫く。
天人は一時的に還っていた天上界で色々パワーアップしたらしく、不思議な加護と術の力を使い、私がイメージした場所へひとっとびワープさせてくれた。苦しい山越えは覚悟していたのに、あっさり「そんな事する必要ない、まあ見てろ」と、ニヤリと笑って勾玉を掲げたら、あっという間に目的地。便利な世の中というか、神様の力というか。
「坊主、アンタこんな便利な術が使えるんだったら、最初から使いなさいよね」
折角役に立ったのに、ミケに怒られていた。まあ、今までが今までなだけに。
「あ”? お前バカか。最近、やっと術が使えるようになったんだよ! 最初からできてりゃ、誰も苦労しねえって!」
「威張って言う事ちゃうやん」
「ウルセーよ。運んでやったんだから、文句言うな」
最終決戦だというのに、このわちゃわちゃ感・・・・。まあ、私達らしいかな。
「それより、気を引き締めて行くぞ! この奥に・・・・きっとヤツはいる。お守りは持ってるか?」
「モチロン」
「ちゃんと着けてるねん」
「ええ、大丈夫よ」
行くぜ、と先頭の天人が一歩踏み出した。目の前の集落の入り口は、寂れた廃村そのものだ。特に不穏な空気ではない。でも、この奥に極夜がいるのね。
一歩一歩踏みしめる。必要以上の力が入り、握った拳の指の先が掌に食い込む。
廃集落に足を踏み入れた時だった。今までとは違う、恐ろしい闇の空気が辺り一面に広がり、目の前の仲間たちが全く見えなくなった。
「うそっ! ミケ! じぞーちゃん!! どこっ、天人!!」
すぐ前を歩いていたはずの天人の背中に手を伸ばしても、空を切る。
はぐれた?
こんな短時間で?
いや・・・・そんな筈はない。これはきっと、幻だ!
そう思ったら、左腕に着けた数珠が光っている。思考がおかしくならないように、神様のご加護が効いているのだ。そう思って目を閉じ、焦らず深呼吸した。
大丈夫。落ち着いて。きっと打開策はある。みんなも、大丈夫だって信じて。
敵陣に乗り込んだのだ。今までのようにはいかないってワケね。上等じゃない!
私達は、絶対に負けないから!!
――やはり、お前が一番厄介だな。天海神奈。
頭に声が響いた。謎の声・・・・極夜だ!
「極夜ね。貴方・・・・どうしてこんな酷い事をするの!」
――酷い? 酷いのはお前たち人間の方だろう!
ビリビリと空気が震え、集落全体の木々が震えた。ごおおお、と恐ろしい風の音を立て、悲しみの気が辺りを包んでいく。
――まあいい。ここまでやって来た褒美だ、天海神奈。お前に、絶望を見せてやろう。心を砕き、我にひれ伏せろ!
雷鳴が轟き、光の先に彷徨うじぞーちゃん、ミケ、天人の姿が映し出された。
「じぞーちゃん! ミケ! 天人!!」
三人はそれぞれ、薄暗い森の中を彷徨っている。私の声は聞こえない。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m
定期更新は、毎日21時の時間帯です。
固定は毎日21時の時間帯間で更新を必ず行います!
完結までよろしくお願いいたします。




