其の二
「言っとくけどな、天上界から迎えに来たヤツ、俺と男女関係はねーからな! 桃源郷のリーダーで一方的に気に入られてるだけだから。お楽しみなんかしてねーし! 潔白だから! 何か、この前天上界に還る時に、お前、怒ってたからさ。この際、ちゃんと言っとこうと思って!」
「ふーん」
「ふーんって、なんだそりゃ! 俺、アッチ(天上界)に戻ってから、ずっと気にしてたんだぞ! お前怒って見送りに来ねーしっ! 会ったら文句言ってやろうと思ってたのに・・・・なんでそんな嬉しそうな顔してんだよっ!!」
天人があの女の人(天人を迎えに来ていた花魁衣装着ていた人)を、何とも思ってないとか、関係してないとか、必死に言い訳するみたいに私に言ってくるのが、何だか嬉しい。
「戻って来てくれて嬉しいから、嬉しい顔してるの」
「ばっ・・・・バカ神奈!」
私が怒って喧嘩を吹っかけて来ると思っていた天人は、こちらの返しが予想外だったようで、焦ってそっぽを向いてしまった。
「今日は、ずっとここにいてもいい?」
「は? 何言ってんだ。ゆっくり休めって言ってるだろ」
「だって・・・・謎の声――極夜を封印したら、天人は本当に天上界へ還っちゃうでしょ? 私、後悔していたの。怒って見送らなかった事、ずっと。だから、天人に会えて、すごく嬉しいの」
素直な気持ちを伝えた。天人と一緒に過ごせるのは、あと僅か。このチャンスはもう二度とない。あの時のように後悔はしたくないから、今、伝えたい。
「傍に居たいの。天人、貴方が・・・・好きだから」
「神奈・・・・」
「天人をあのまま還らせてしまって、物凄く後悔したの。本当は好きなのに、その時は気が付いていなくて。貴方と過ごす時間が、本当に楽しかった。もう、二度と会えないんだって思っていたから、今、この時を過ごせる事がすごく嬉しい。あの・・・・私の事、どう思っているの? 聞かせて欲しい」
思いのままに聞いてみた。ドキドキと胸が高鳴る。
「・・・・」
天人は答えてくれなかった。ただ、優しい眼差しを向けてくれているが、酷く辛そうな表情にも見える。
「・・・・ごめん」
「ごめんなんて、ズルい言い方しないでよ。答えになってないし」
天人は黙っている。
「じゃあ、教祖男に向かって『俺の神奈に触るんじゃねえ』って怒ってくれたのも噓? 男の人に言い寄られるのを制するのは? 私を・・・・想ってくれてるからじゃない・・・・の?」
「なっ・・・・あん時のやつ、聞いてたのか!」
「ずっと意識はあったわ。体が動けなかっただけ」
「そ、そんな、意識があったなんて聞いてねえぞっ!」
「私だってそんな事聞いてない! 質問に答えてっ、お願い」
それでも彼は答えない。辛そうに眉をしかめ、苦渋の顔をしている。
迷惑だったのかな。私の気持ち・・・・。
暫く待ってみたが、状況は変わらなかった。
「もういいわ。ごめん、変な事言って」
天人の顔を見つめていられなくなって、目を反らした。悲しいな。宝物殿を後にしようと思って天人に背を向けると、ふわっと優しい温もりに包まれた。「行くな」
天人が、私を後ろから抱きしめている。
「神奈の言う通り、俺、極夜を倒したらもう、天上界に還らなきゃなんねーだろ。さっきはごまかしたけど、神奈に惹かれてるのは事実だ。でも、それを言ってもどうにもなんねえし、お前を困らせるだけだろ。だから・・・・」
「今夜だけでいいの。天人が還ってしまうのは、ちゃんと、解っているから」
「でもそんなの、ヤリ逃げみたいになるじゃん」
「いいよ」
「俺、ずっと禁欲してたから、加減できねえぞ」
「いいよ」
「それに――」
「もう、私がいいって言ってるの! しつこい!」
あまりにしつこくて、つい、怒ってしまった。可愛げなかったかな。でも、腹が立ったんだもん。
「私、教祖男に触られた時、凄く不愉快だった。ぞわぞわして気持ち悪くて、本当に嫌だったの。でも、天人は違う。神様とか、人間とか、そういうのは関係なくて、天人、貴方だから嫌じゃなかったの」
「神奈・・・・」
「女はね、初めては好きな人と結ばれたいと願う生き物なの。それが叶うと、幸せになれるのよ。私、絶対に後悔しない。だから、今夜はずっと貴方の傍にいる」
天人の腕に力が込められた。「神奈とは、もっと違う形で出会いたかったな」
「どうして? こうでなきゃ、きっと惹かれてない。違う形じゃ、また別の出会いになってしまうもの。アンタみたいな粗忽――軽率で不注意という意味――男、きっと好きになってない」
「酷い言われようだな」苦笑された。
「私、もう後悔したくない。貴方を好きになった事まで、無かった事なんかにしたくないのよ。たとえ天人が天上界に還ってしまっても、今夜の事はずっと私の中に残るもの」
「何だよそれ、俺は向こうに還ったら、お前の事忘れてしまうみたいに言うな」
「忘れるでしょ。アンタ、調子いいから」
「忘れねえよ」
ぐっと腕を掴まれ、くるっと向きを変えられた。正面に天人がいて、彼の胸にすっぽり収まるように抱きしめられ、真剣な眼差しを向けられた。
「初めて好きになった女の事、忘れたりしない」
初めて・・・・?
「えっ、なんで・・・・天人はたくさんの女性と関係してきたんでしょ・・・・そんな、初めてなんて・・・・どうして・・・・」
「そんなの全部遊びだ。ホンキじゃない。大体俺はな、大地神・蒼玄の息子って立ち位置なんだぜ。色んな意味で放っておいても女の方から寄って来る。それに加えて、この容姿だ。ハッキリ言ってモテた」
自分で言っちゃう所が天人らしいというか、何というか。
「神奈はそんな俺に冷気浴びせるわ、バシバシ殴るわ、耳引っ張るわ、無茶苦茶なじゃじゃ馬だし、最初はどうしてくれようかって思っていたけどさ、一緒に過ごしているうちに、俺の荒ぶっていた気持ちがいつの間にか浄化されて、すごく、優しい気持ちを持てるようになっていたんだ。天上界じゃ考えられなかった。お前は何時も誰かの為に祈り、俺ら神を信仰し、心から大切にしてくれる。そんな女は何処にもいなかった。初めて、俺の全てを懸けて守りたいと思った」
「天人・・・・」
「今まで俺に無かった感情を、神奈が教えてくれたんだ。そんなお前を、忘れるわけないだろ。俺の事ナメんなよ」
「ごめんなさい。忘れないでいてくれたら、嬉しい」
「だから、忘れねえって」
――お前は、俺が初めて惚れた女なんだから、と耳元で囁かれた。
目と目が、視線が絡み合った。目を閉じると、優しいキスが降ってきた。
二度目のキスは、初めてのキスよりももっとドキドキして、体が熱くなった。
「天人」
「神奈」
お互いの名を甘く呼び、そのまま肌を重ね合った。
本当なら、秋の冷え込んだ奥座敷にある宝物殿は寒いはずなのに、不思議な力で護られているようで、暖かく、心地よい空間だった。
今宵限りだとわかっている。何れ訪れる別れが、どれほど二人にとって辛いものだとしても、極夜を封じ込め、離れ離れになってたとえ二度と会えなくなってしまったとしても。
天人がくれた温もりを、
今日というこの日の事を、私は一生忘れない。
もしもこの先、違う誰かと恋に落ちても、
貴方は永遠に私の中に刻まれ、
生き続けていくの――
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