其の三
あれから、二週間くらいの時間が経った。天人のいない日常にも慣れて来た。
でも、時折淋しくなるのはどうしてだろう。
早朝自宅から境内の方に向かって行くと、ざっ、ざっ、と箒で地面を掃く音が聞こえてきた。この音を聞くのは久しぶりだ。天人がいなくなってから、聞かなくなった音だから。
という事はもしかして、天人が帰って来てくれたのかも!!
あの別れは不本意だった。ちゃんとお別れしたかったのに、素直に言えなかったから、本当は後悔していた。
もう二度と天人に会えないのだと思うと、胸が締め付けられるような・・・・そんな辛い気持ちになって、どうしようもなかった。
今度こそ素直になって、お帰りなさいって言おう!
帰って来てくれて嬉しい、って。もっと一緒にいたい、って。
「天人、お帰りなさ――」
本殿を急いで曲がり、声を掛けようと思って境内に出ると、箒を使って早朝から掃除してくれているのは、何とじぞーちゃんだった。天人では無かった。
「神奈、おはよう。早く目が覚めたから、掃除しようと思って。天人がいなくなってから、神奈の負担になってるやん? これからはボクも手伝うから」
「あ・・・・そっか。ありがとう」
「神奈、めっちゃ残念そうな顔してる」
「えっ、あ・・・・そんな事・・・・ないよ・・・・」
「いいよ、気にしないで。ボクも天人が居なくなって淋しいなって思ってるもん。ミケも喧嘩できる相手がいないから、ぼんやりしている事増えたし」
みんな、同じ気持ちだったんだ。
天人が居なくて淋しいって思うその気持ちが。
でも、今ので解った。もう天人は還って来ない。
もともと住む世界が違うのだから当然だ。それに、ミケもじぞーちゃんも、いつかお別れしないといけなくなる。
このパーティーで過ごせる時間は、限られているのだ。
「ごめんなさい。元気出すから。しょんぼりしていても、天人が還って来る訳じゃないし、私達で色々頑張りましょう。ミケのご主人様も探さなきゃいけないわ」
彼女のご主人様が見つからなければいいのに、なんてそんな最低な事は思いたくない。
別れが辛いからと言って、そんな卑怯な事はお願いしたくないもの。
心は、自分を映す鏡だから。
この、切ない胸の痛みともきちんと向き合って、前に進みましょう。
後悔しないように。
※
その日の昼すぎだった。社務所で番をしていると、電話が鳴った。
「はい。天海神社です」
『あ。神奈ちゃん? 駒井だけど』
「どうかされましたか?」
天人が還ってからは、駒井さんからの電話もなくなったのに、珍しいな。
あ、もしかして出張祈祷日程の変更か、お父さんに用事かな。
『まだ、何でも相談は有効かな? 天人様がいないけれど、神奈ちゃんなら頼りになるから、相談したいことがあるんだ』
「あ、はい。大丈夫ですよ」
何の相談だろう。勾玉も無いし、私にはもう不思議な力は無いのに。
ただ、霊感があるから他の一般人よりは多少役に立つのかもしれない。
『実は、有限会社横尾板金で、怪奇現象が発生しているらしいんだ』
有限会社横尾板金とは、この奥座敷で一番大きな板金屋さんだ。天海神社の屋根を修理してくれたり、柱や梁の所々を装飾している金属なんかは、横尾板金の仕事。腕のいい職人さんばかりが揃っている、古くから続いている会社だ。
「怪奇現象・・・・ですか? どんな事が起こっているのでしょうか?」
『それが、ベテラン職人が一斉に体調不良を起こし出してね。医者にかかっても何ともないらしいが、出社すると体調不良を起こすそうだ。それで相談を受けたから、神奈ちゃんの何でも相談を紹介したんだ。一度、お祓いがてら見に行ってくれないかな?』
「承知致しました。お力になれることがあるなら、頑張ります」
受話器を置いて、早速ミケやじぞーちゃんを呼んだ。最近ミーティングする時は、宝物殿に限定している。ミケが喋れる事に気が付かれたら、本当に終わりだ。あっという間に何処かの機関に連れて行かれてしまうだろう。
そうならないように注意が必要なので、用心しているのだ。
「ミケ、じぞーちゃん。なんでも相談に依頼が入ったの」
「あら。困った事があったの?」
「そうなのよ」私はミケとじぞーちゃんに依頼内容を説明した。「――という訳なの。一緒に来てくれない? もし、万が一という事もあるし。まあ、天人が還ってからは平和だし、ただの偶然だと思うけれど」
「うん。気を付けて行こう。もし何かモンスターみたいなのが出てきたら、ボクが神奈を守ってあげるから! 神奈はボクの後ろに隠れてたらええねん」
「ふふ、ありがとう。じぞーちゃん、ミケも、頼りにしてるわ」
じぞーちゃんってホントにカッコイイわ。子供の容姿なのに、男の中の男だと思う。
「危なくなったら、神奈は無理せずに地蔵の後ろに隠れるのよ。アタクシは多分死なないと思う。だってもうこの世のものじゃないからね。だから神奈は、自分の身を護る事に集中して。いざとなったら、アタクシも地蔵も置いて行っていいからね」
「そんな事できないわ」
「いざとなったら、っていう話やから、大丈夫だよ神奈。そんな事にはならないと思う。心配しないで」
じぞーちゃんがぎゅっと私を抱きしめてくれた。「ボクらで頑張ろう!」
「ええ。そうしましょう」私もじぞーちゃんを抱き返した。ミケも私の肩にジャンプしてきて、ざらざらの舌で頬を舐めてくれた。
さあ。何でも相談パーティーの出陣よ!
天人が居なくたって、無事解決してみせるわ!!
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