其の二
「まあまあ。この俺がずっとこの地を護ってやるから、安心しろよな。あっはっは」
調子のいい事言うけれど、本当かな。どうせ・・・・人間界で過ごした事も、私との思い出も、すぐに忘れてしまうのでしょうね。
「おかわり、いる?」
「ったりめーだよ。食うって。神奈の飯、スゲー美味いもん」
むしゃむしゃと白飯を平らげ、出汁巻きも食べて、魚の切り身は綺麗にむしって食べ、みそ汁も飲んでいた。
沢山食べさせると満腹になったようで、お腹をさすっていた。
「あの・・・・少し、話せない?」
境内の裏なら二人で話せるかと思って、外に誘い出した。
「ん、どした?」
「だから・・・・その・・・・」
「んだよ、はっきりしねーな。何時もの神奈らしくねーじゃん。熱でもあるのか?」
距離を詰められ、ぐっと顔を覗き込まれた。近くてドキドキする。昨日のキスの事、思い出す――
「ね、熱なんかないわっ」
これ以上はマズイと思って、慌てて振り払った。
「アンタは・・・・もう帰って来ないのよね?」
「ま、そだな。声の主も天上界へ連れてかにゃいかんだろ。俺が還ったら、ソイツも戻って来る」
自信たっぷりに言うけれど、本当なのかしら。
「・・・・淋しく・・・・なっちゃうわね」
「そうか? 神奈は俺がいなくなった方がせいせいするだろ。まあ、短い間だったけれど世話になった。ありがとな」
この男には、私の複雑な気持ちは通じていない。やっぱりかしこさ0だから・・・・。
言葉に詰まっていると、天人が真剣な顔で私を見つめて来る。「元気で」
なによ・・・・チャラ男の癖に!
何時ものノリで茶化してくれないと、気持ちが追い付かないよ。せめて淋しくないように、じゃな、って感じで何時ものチャラポーズで決めてくれなきゃ・・・・。
「何だよ。俺に惚れたか? だから淋しいとか言っちゃってんの?」
「はっ・・・・はああっ!? ば、ばっかじゃないの! だ、誰がアンタなんか! 冗談じゃないわ!!」
ミケも天人も、どうしてこう訳の分からない事を言うのかしら!
「調子出てるじゃん」
「何よっ」
「怒って元気な方が、神奈らしいってコトだよ」
ぽん、と頭を撫でて貰った。大きくて温かな手・・・・。昨日、この手に抱きすくめられたんだ・・・・。
また、昨日の事を思い出してしまった。
天人は何でもないことなのでしょうけれど、私は違う。
私の心に爪痕だけ残して還っちゃうなんて。卑怯者。
「あのね、天人――」
その時だ。どーん、と光の塊のようなものが、私と天人の間を割くように落ちて来た。
「きゃっ」
「何だ?」
驚いてみると、どうにも・・・・花魁のような女性が、目の前に立っていた。
極彩色の艶やかな羽衣に、真っ赤な着物。口紅も赤く、目力半端ない。
「天人―」
語尾にハートマークが付きそうな感じで甘い声を放った女性は、そのまま天人に抱き着いた。
これは一体・・・・?
「アンタがいなくなってから、天上界はすっかり平和さ。淋しかったよぉ」
事もあろうか、その女性は私の目の前で、天人に抱き着いたまま彼の唇を奪ったのだ。まるで私に見せつけるかのように。
「還ったらさぁ、お楽しもうよぉー」
天上界の使いだからだろう。勿論容姿は美人だ。きっとどんな男でも虜にしてしまうような、そういう類の神様なのか・・・・。
これ以上彼らのイチャイチャする所を見ていられなくて、私は無言で退散した。
「お、おいっ、神奈! ちょ・・・・待てよ!」
これが最後の別れなのかと思うと、本当に最低だ。チャラ神様は、所詮チャラ神様。ほんの少し、心を引っ掻き回されただけ。
「お達者で」
振り向かずにそれだけ告げ、私は境内を後にした。
逃げ込むように社務所に行くと、じぞーちゃんがおみくじの整理をしてくれていたので声を掛けた。
「じぞーちゃん、何時もありがとう」
「うん。いいよー。神奈にはめっちゃお世話になってるし。それより天人はいつ天上界へ還るの?」
「さっき、迎えが来て還って行ったわ」
多分あれが迎えの人なんでしょうね。本当に還る所は見ていないけれど、もう還ったでしょ。知らない、あんな奴!
「ええー。ボクやミケに挨拶も無く還っちゃうなんてー」
ひどーい、とじぞーちゃんが怒った顔をしていた。
「もういいわよ、あんな最低男。早く忘れましょ」
「神奈・・・・」
じぞーちゃんは何か言いたそうだったけれど、私の顔を見て黙ってしまった。暫く二人で黙々と作業をしていると、にゃー、と鳴きながらミケがやって来た。
キョロっと首を左右に振って誰も居ない事を確認したら、とんっ、と私の肩にミケが乗って来た。
「神奈、怖い顔しているわよ」
「えっ、あ・・・・そう?」
だからじぞーちゃんが黙ってしまったのか。
「さっきの、見てたわ」
「えっ?」
「坊主に迎えが来ていた下りよ。やっぱりあの男、サイテーね。もう忘れましょう。謎の声も天上界に還ったら変な事件もなくなるだろうし、きっと平和になるわよ」
「そうね」
でも、この胸にぽっかりと穴が開いてしまったかのような、虚無感というか、何というか。これは、暫く埋められそうに無いだろう。
怒らずに、ちゃんとさよならくらい、言えばよかったかな。
今更ながら後悔してしまう。
でも、どうして?
天人がいないだけじゃない。静かな日常が戻って来たと、ただそれだけなのに――
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