其の四
パチパチと私から放たれる微量な電撃を気にも留めず、彼は私の額に触れた。悪寒が走る。気持ち悪い・・・・嫌だ。こんな男に触られたくない!
しかしそんな願いも虚しく、教祖男は何やらぶつぶつと呪文を唱え、私の額に赤い印――呪詛を付けてしまった。
『ははは。あーはは! これでもう、天海神奈は僕のものだ! 素晴らしいパワーが手に入るぞ!!』
――天人。
その時、あのチャラ神様の姿が脳裏に浮かんだ。私に触ってもいいのは、天人だけ。他の誰にも触らせたくない!
お願い、天人!
助けて!!
心の限り強く願った。天人、助けて――するとその瞬間、階段の向こうから炎が上がり、ゆらっと人影が歪んで映る気配がした。
「神奈――っ!」
炎に包まれた剣を振りかざし、女性たちを威嚇し、傷つけないように遠ざけながら天人がこちらへやって来た。見えないけれど、何となく雰囲気で感じた。
「テメエ・・・・神奈を離せ!」
『ふふ。彼女はもう僕の手の内。この呪詛からは逃れられません。後でじっくり頂きましょう。指を咥えて、そこで見ていなさい』
「ふざけんな・・・・神奈に指一本触んじゃねえ――――っ!!」
『いいのですか、そんな物騒なものを振り回して。愛しい君――神奈に炎が当たったらどうするのです?』
「くっ・・・・!」
『まあ、ここに入る為に頑張った努力は認めましょう。呪詛を掛けた扉を叩き割るのと引き換えに、貴方の大事な神器を折ってしまったのですからね』
そんな・・・・!
ここに入って来る為に、そんなに苦労してくれていたの?
てっきりミケやじぞーちゃんと同じように、天人も眠っていると思ってた。でも・・・・違ったんだ。
ただ、教祖男の言う通りなら、天人の大切な炎心の剣が折れてしまった事になる。
『その剣・・・・。くくっ、無様ですよねえ。そんな折れた剣では、威嚇程度にしか使えませんよね。僕と闘う事もできないでしょうし。お得意の炎を吐き出せば、たちまち火事になってここにいる女性、神奈も含めて全員巻き込まれて死ぬでしょう。さあ・・・・大人しくそこで見ていなさい! 僕と神奈の愛の戯れを!!』
あーはは、と高らかに笑う教祖男の前に、天人が立ちはだかった。
「お前・・・・その薄汚い手で神奈に触るな」
『負け惜しみか? いいでしょう。好きなだけ言いなさい。負け犬の戯言――』
「ふざけんなコラ、このクソ野郎がっ! 俺の神奈に触るんじゃねえ――――っ!!」
怒った天人が教祖男を殴りつけたらしく、バキっと鈍い音がしたかと思うと、ヤツは派手に吹っ飛んで行って、自分がさっきまで座っていた王座に頭を打ち付けて、そのまま泡を吹いて伸びてしまった。
弱っ・・・・!
まあ、人間だものね。戦闘能力は高くない、か。
――チッ。今日はこの辺で勘弁してやろう。次は、容赦しないぞ!
謎の声は、吐き捨てるようにそう言うと消えてしまった。もう声はしなくなった。
「大丈夫かっ、神奈!」
天人の腕に抱かれ、ぺちぺち、と頬が軽く叩かれたが、額が燃えるように熱くて、身体は全く動かせない。声だけは聞こえるのに。
「呪詛か・・・・厄介なモンかけられたな・・・・ちょっと我慢してくれ」
側に落ちていた大地心の勾玉を拾い、天人が何やら神術を唱えると、身体が燃えるように熱を帯び出した。
「ああっ・・・・!」
あまりの熱さに、悲鳴が上がる。苦しい。身体が焼けるようだ。
「今からする事は、不可抗力だからな。後で怒んなよ?」
神術を唱え終えた天人が、私をきつく抱きしめてくれた。髪をすくって後頭部を引き寄せられ、そのまま距離が縮まっていく。
あっという間に、天人の唇に包まれた。彼の唇は熱くて、柔らかかった。
身体は動かせなくても、五感は研ぎ澄まされている。彼の唇の熱を感じる事は出来た。
今、私・・・・天人とキスしてる――
こんなの、初めてだ。
ドクドクと血流が荒々しく波打ってくる。
さっきの教祖男とは違う、触れられていて全く嫌じゃない。
天人だから、嫌じゃない。
天人の唇を通して、不思議なオーラが流れて来るみたい。温かくて、優しくて、私の体内から、禍々しい嫌なものが消えてなくなっていくような・・・・。
暫くそうしていたら、指先に力が入るようになった。手も動く。
私はそのまま天人の衣装を掴み、グッと引っ張って目覚めた事を伝えると、ゆっくり目を開く事もできた。
「ん。起きたか」
唇が離され、天人が私を見つめる。美しい切れ長の瞳が私の姿を映し出す。今、二人の距離は近い。
「あ・・・・あの・・・・た、助けてくれて、ありがとう」
緊張から、声がかすれた。
「当然じゃん。俺が助けてやるって言っただろ。お前は、絶対に俺が守ってやるから」
真剣な顔で、ドキっとするような事を言われてしまった。ぎゅっと心臓が捕まれたように痛くなって、胸が高鳴る。
私、初めてだったんだよ。こんな風に強く男の人に抱きしめられてドキドキしたのも、キスしたのも――
「誤解の無いように言っとくけど! 今のキスは不可抗力だからなっ。べ、別にお前とキスしたかった訳じゃねーしっ。その、なんだ・・・・俺は上手く術が使えねーから、浄化のパワーを送り込むには色々と手順が必要であってだな・・・・とにかく! そういう事だからっ! 怒んなよっ!?」
「怒らないわよ、ばかっ」
「お、怒ってるじゃねーかっ! 何か、怖い顔してるし!」
何よっ。別にお前とキスしたかった訳じゃねーしっ、なんて、そんな事いちいちハッキリ言わなくてもいいじゃない!
まるで私とするのは嫌みたいに聞こえるのが、自分の中で凄くショックだった。
「そんなに怒るなよ――」
「しつこいわねっ! 怒ってないから!!」
被せるように言って、キッ、と天人を睨みつけて黙らせた。大地心の勾玉を借りて装着し、預かっていた水心の鏡を取り出し、心の限り祈った。
ドン、と大きな気が体内から放出されると、私はまた立てなくなってしまう。でも、この地を覆っていた禍々しい気はなくなり、マインドコントロールされていた女性たちはみんな正気に戻った。勿論、麻沙子さんも。
私は全然動けないから、天人に早速駒井さんに連絡をして、警察も呼んで貰った。駒井さんは勿論の事、カンキチおじさんも一緒にすっ飛んできてくれて、誘拐、監禁、詐欺等諸々の罪で教祖男は逮捕された。麻沙子さんは無事、駒井さんの家に帰る事になった。操られていた時の記憶は無いらしい。深く教祖男に汚されたりする前で、本当に良かった。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m
定期更新は、毎日21時の時間帯です。
固定は毎日21時の時間帯間で更新を必ず行います!
完結までよろしくお願いいたします。




