「短編」片想いの奴らにナイフを突き立てる
「両片想いの奴らにナイフを突き立てる」の続編にあたる作品です。
単独で読んでいただけますが、一部前作からの登場人物がいますので前作を読んでいただけるとより楽しめるかと思います。
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「君が好きだ。付き合ってくれ。」
よくある青春の一ページ、愛の告白。
苦しくて我慢できなかった俺は思いの丈を彼女にぶつけた。
彼女はどこか泣き出しそうな顔をしていた。
しかし、彼女は何も発しない。
その場だけ時が止まったように静寂だった。
彼女はオレの問いかけに答えを返してはくれない。
だけど、表情と沈黙から答えは自ずと導き出された。
それが理解できないほどオレは鈍感じゃない。
きっと彼女とオレのポジションは次のステージに上がるには微妙過ぎたんだろうな。
答えを出すと壊れてしまう関係。
だけど、壊してしまうにはおしいと思えるくらいには重要な関係。
彼女に告白してきた他の有象無象とは一線を画す反応に、少しの優越感と特別になれなかったことの大きな喪失感がないまぜになった複雑な感情が押し寄せてくる。
―――、仕方ない。
彼女の望みは現状維持であることは明白。
想いは伝えられたのだ。青春の暴走だということで区切りをつけよう。
「なんてな。ドキッとしたか?」
自分でも笑ってしまうほど下手クソな軌道修正。
だが、彼女はそんなオレの誤魔化しに便乗してきた。
「ちょっと、からかわないでよ。」
そう言ってジト目でむくれたように返してくる彼女の瞳の中に安堵の色が見えた。
「ははは、わりーわりー。つい男同士の悪ノリでからかいたくなるんだよ。」
「何それ?私ってそんなに男っぽい?」
「まぁ、普段の言動から女らしさは感じないわな。」
「あら、あたくし女子力高めでしてよ。」
「そうか。なら料理の1つでもできるようにならねーとな。」
「…、カップラーメンは作れる。」
「それを料理にカウントしてる間は女子力はゼロだな。」
「…せ、成長期だから。」
自信が無いのか尻すぼみで声が小さくなっていった。
「なるほど。高校生での成長に期待しようか。同じ高校だしな。」
ニヤリと悪い笑みを浮かべてみる。
「そうね。今に見てなさいよ。」
お互いにっこりと笑いあって別れた。
中学最後の日、オレの初恋は片想いのまま終わりを告げ、ただ酸っぱいだけの思い出が残った。
***
「おはよ。俺、二中出身の熊谷 哲夫。よろしくな。」
「おはようさん。俺は前田 隆也。帝中出身だ。こちらこそよろしく。」
高校生になって最初にするのは隣同士の席になった人との良好な人間関係の形成だ。
第一印象で尖った印象を与えると後々の学校生活に支障をきたすからな。
やがてチャイムが鳴り、担任の教師が教室に入ってくる。
「「間に合った―。」」
先生の後ろから猛ダッシュで教室に駆け込んできたのは1組の男女。
彼等を見て俺は思わず天井を見上げた。
「初日から遅刻とかやるなあいつら。
って、どうした前田?天井なんか見上げて。」
「いや、なんでもない。騒がしい1年間になりそうだなって思っただけだ。」
「違いない。楽しい高校生活になりそうだ。」
熊谷が楽しそうで何よりだ。
きっと俺にしわ寄せが来るんだろうなと思うとこっそりため息をつかずにはいられなかった。
高校生活初日のイベントと言えば入学式と自己紹介。
ということで、教室のロングホームルームで各自の自己紹介が行なわれた。
休み時間になると、クラスメイト達はザワザワと騒がしくなっていく。
高校生の初日だ。新しい環境への期待で浮足立ってしまうのも仕方のないことだろう。
他のクラスの連中は概ねそんな感じだ。
だが、うちのクラスは少々勝手が異なる。
確かに皆浮足立っているのだが、その理由は別にある。
原因は遅刻してきた2人組の男女。
思春期真っ盛りの中に男女で遅刻してきた2人。
しかもその2人は<幼馴染>だと言うではないか。
恋愛ゲームや小説等で使い古された設定だが、それが現実で目の当たりにすれば衝撃的としか言いようがない。
2人にはクラスメイト達が群がっていた。
興味津々で仕方がないのだろう。
渦中の男、名前は田嶋 駆と言って帝中出身の陸上バカ。
俺、前田 隆也とは中学時代からの友達だ。
どうにも馬が合ってしまったようで親友といってもいい位には深い付き合いをしている。
基本バカなせいかどこか憎めないのが田嶋のずるいところだ。
成長期で中学3年の頃から100cm以上も急に伸びだして今では170後半だ。
そして渦中の女、名前は桜木 美優と言って同じく帝中出身。
少し茶色がかった髪のポニーテールが動くたびにゆさゆさと揺れている。
愛嬌のある明るく元気いっぱいな笑顔が目印の美少女で、中学時代からモテている。
そんな彼女は田嶋を介して仲良くなり、友達となっている。
「俺と桜木ですか?<幼馴染>ですよ。」
自己紹介の時に出た質問に田嶋はさらっと答えた。
本人が言ったように、田島と桜木は小学生の頃からの<幼馴染>。
確かに2人の距離感が近い気はするが、関係はあくまで幼馴染の友達だ。
だが、そのことを正しく認識できているのは中学時代から付き合いのある俺だけだ。
他のクラスメイト達は本人たちが恋人では無いと声高に叫んでも、額面通りには受け取らないだろう。
2人の態度や会話からは恋人同士がいちゃついているようにしか見えない。
「なぁ、前田。お前ってあの2人と同じ中学だよな?あいつらってどうなの?」
しびれを切らした熊谷からの急な質問。
「どうって言われてもなー。2人ともあんまり変わってないぞ。
中学の時からずっとあんな感じだったけど恋愛って感じじゃないな。
田嶋に聞いたら兄弟みたいなもんだって言ってたしな。」
「まじか。あれで付き合ってないとかどんだけだよ。」
熊谷は呆れていたがその気持ちは痛いほどよくわかる。
あの感じを見せつけられて何度ため息をついたことか。
そんな高校デビューを果たした田嶋と桜木はもはや夫婦だろと揶揄されるほどに認知された。
本人達はこぞって否定していたが、最近は言動が変化してきた。主に悪い方向に。
「ねぇ、カケル。今日の放課後どうする?」
「えっ、あ。そうだね。美優はどうしたい?」
「実はねー、行ってみたいとこがあるの。
最近出来たばかりなんだけどね、女子に人気のパフェがあるとこ。」
「いいよ、行ってみようか。」
「へへっ、やった。じゃ、カケルの奢りね。決まり♪」
「いや、待て待て。奢らねーよ。」
夏が終わって一皮むけたのかイチャつきっぷりに拍車がかかっている。
2人がいる空間だけ異質だ。砂糖漬けにされたような甘ったるい雰囲気が流れている。
「あれって絶対付き合ってるよな。甘ったるくて胸やけ起こしそうなんですけど。」
熊谷の言い分はもっともだ。
「さぁな。悪いが俺は何も聞いてないな。」
そう言って俺は席を立って教室を離れた。
ダメだな。少々感情的になっているらしい。
熊谷に素っ気なく返事をしてしまった。
それにしても心がザワついて落ち着かない。
原因について心当たりがあるだけに、自分で自分が嫌いになりそうだ。
無意識の行動だった。ふと気づけば屋上に足を運んでいた。
日光に照らされてかなりの熱を持ったアスファルトの上に座る。
ドロリと暗くて黒い気持ちがあふれ出しそうになった。
聞きなれたチャイムが鳴った。
5限目の授業が始まる合図だ。
教室に戻らなければ、反射的にそう思ったが身体が地面に縫い付けられているかのように動かなかった。
はぁぁぁっ。
溜め込んだナニカを吐き出すようなため息をついていた。
あれはかつての俺が幻視した状況だった。
望んでいたはずのものが酷く滑稽に見えてダメだった。
もう一度深いため息をついた。
その日、俺は生まれて初めて授業をサボった。
***
カランッ。
俺は突如聞こえてきた音にハッと我に返る。
音の正体はアイスティーに入っている氷が溶けてグラスに当たった時に発生したものだった。
今、俺は大手チェーンの喫茶店の4人掛けのテーブル席に座ってお茶を飲んでいる。
俺の席の向いには俺と同じ学生服に身を包んだ男性が1人座っている。
彼の名前は元 慎二。高校2年生で俺の1つ上の先輩だ。
ゲン先輩はうちの高校では有名な人の1人だ。
イケメンで人当たりの良い先輩は高校に入ってからの交際経験は知られているだけで5人。
しかもその中には難攻不落と言われていた柚木先輩までいる。
ただ、ゲン先輩は長続きしないらしい。交際期間は1か月から2か月程度。
原因は不明だが陰では女たらしのヤリチン野郎なんて言われている。
そんな先輩と知り合ったのは、俺が屋上で初めて授業をサボった日だった。
正確には先輩の元カノさんを介して、だったが。
「どうしたの?今にも死にそうな顔してるけど。」
そう言って声を掛けてくれたのは中尾先輩。
ショートカットの似合うボーイッシュな美人というよりはイケメンと言われそうな3年の先輩
その時の俺は誰かにすがりたかったんだろう。思わず先輩に吐露していた。
「大変だな。悪いが私では君の力に慣れそうにない。ちょっと待っててくれ。」
中尾先輩はそう言って、スマホを取り出してなにやら操作し始めた。
ブブブッ
スマホのバイブ音が鳴ると、中尾先輩はにんまりと笑みを浮かべた。
「喜べ、後輩。頼もしい先輩が話を聞いてくれるそうだ。
心配するな、私の元カレだが、頼りになる奴だから。」
そう言う中尾先輩はどこか自慢げだった。
そして紹介されたのがゲン先輩だった。
ゲン先輩は自分も幼馴染で苦労していると苦笑交じりに語っていた。
だから俺はこの人に親近感を持ったんだと思う。
ゲン先輩には何度か相談や愚痴を聞いてもらった。
そして、今日もまた。
「どうした、前田。今日はぼーっとしてるが。」
ゲン先輩は心配そうに俺に尋ねてきた。
「すんません。ちょっとありまして…。」
ペコリと頭を下げる。
「ゆっくりでいいから話してみな。」
ゲン先輩の言葉に少し余裕ができた。
衝撃的だった。頭が拒否しているのか理解ができていない。
自分で抱えきれなくなって思わずゲン先輩を頼って相談しに来たんだ。
俺はアイスティーに入ったストローを回して、情報を整理しながら先輩に話始めた。
「実は―。」
ゲン先輩は黙って話を最後まで聞いてくれた。
「なるほどね。大体状況は分かった。それで、お前はどうしたい?」
「えっ?」
思わず聞き返していた。
「今の話は今までみたいに愚痴として吐き出しておしまいってわけじゃないんだろう?
だったら、お前はどうしたいんだ?お前の希望を聞いている。」
頭をガンっと殴られたようだ。
なぜ俺はゲン先輩に相談したのか。
自分自身が理解できていなかったから?
確かにその側面はある。だが、主目的ではない。
俺が口を挟んでいい問題か判断できなかったから、ゲン先輩の助言が欲しかった?
いや違う。本質はそこじゃない。
きっと俺の中で答えは出ていたんだ。
けど、一歩を踏み出す勇気が無くて、愚痴として処理しようとした。
ゲン先輩への相談はそのための儀式みたいなものだったから。
そんな俺の弱い心をゲン先輩は見抜いていた。
『逃げるな』と雄弁に語るゲン先輩の真剣な眼差しは俺の心臓にナイフを突き立てているようでヒヤリと冷たい感覚に襲われた。
そう、答えは出ていた。
俺は一歩踏み出す勇気を、後押ししてほしくてゲン先輩に相談したんだ。
それを理解できていなかった。
「ありがとうございます、先輩。
俺、もう愚痴って逃げるのやめにします。」
「そうか。決心したのか?」
ゲン先輩は嬉しそうに笑みを深めていた。
俺は黙って首肯する。
「そうか。なら1つだけ。
一番大事なものは待っても遠慮しても手に入らないらしいぞ。」
俺はその言葉にゾクゾクとした何かを背中に感じた。
「ありがとうございます。」そう言って俺はゲン先輩と別れた。
***
ある日の放課後
夕焼けの教室はただただ静かだった。
いつもはクラス30人がいる騒がしい教室も下校時間になれば閑散としている。
ただ、その日はいつもとは違い生徒が一人残っていた。
ガラッ
教室のドアをスライドさせる音が鳴り、1人の生徒が教室に入ってきた。
「よう、カケル。部活で忙しいのに呼び出して悪いな。」
俺は教室に入ってきた田嶋 駆に挨拶をした。
「いや、いいよ。それよりどうしたリュウ?」
スポーツマンらしい爽やかな笑顔で田嶋は問いかけてきた。
「ちょっとお前に聞きたいことというか確認があってな。」
ふぅっと息を吐く。
「お前、美優とは付き合ってないんだって?」
「…どうしてそう思う?」
「理由は2つ。1つはお前も美優も1度も付き合ってると答えてないこと。」
そう。あれだけイチャイチャしながらも2人は1度も付き合っていると認めたことは無い。
曖昧な言葉で濁したまま、肯定も否定もしたことが無い。
とはいえ、俺達クラスメイトの中では2人は既に付き合っていることは既定路線となっていた。
俺もゲン先輩に愚痴りだしてやっとそのことに気づけた。
「…もう1つは?」
「こっちが主な理由だろう。カケル、お前好きな先輩が居るんだって?」
その言葉に田嶋は目を見開き驚いた様子を見せた。
田嶋は何か言いたそうに口を開いたが声は出さなかった。
やがて眼を閉じて肩を竦めた。
「半分正解だ、リュウ。好きな人がいるのは俺だけじゃない。美優もまた好きな人がいるらしい。」
田嶋の言葉に俺は動揺した。
だが、すでに幕は上がっている。途中で止めることはできない。
「ここからは質問だ。付き合っていないのにその振りをするのはなぜだ?」
無意識だったが俺は少し語気が荒くなっていた。
しばしの無言の後、田嶋はため息をついた。
「これを提案してきたのは美優の方だ。
好きな人が出来たことを美優に報告した時にな。
俺の告白が成功するようにシミュレーションしておかないといけないってね。」
彼らの間にはいくつかのルールがあるらしい。
その1つが好きな人が出来たら互いに報告するというもの。
【幼馴染】同士のスキンシップがあらぬ誤解を生まないように配慮したと言うことらしい。
「それで受けたということか。」
「ああ。でも最初は【幼馴染】とはいえ断ったさ。
けど、美優も好きな人がいて、練習になるからと言われた。」
「お互いの経験値アップが目的という訳だ。
美優を狙ってるやつからしたらいい迷惑だな。」
「ああ。その牽制も目的の1つだと美優が言っていたな。
俺が付き合ってるフリをする限り、よほどの馬鹿でもない限り無謀な告白なんてしてこないだろうってさ。」
「うーん。一理ある、の、か?」
「ま、そういう事情があってフリをしたわけだ。
ただ、お互いに本命が別にいるからな。
嘘でも恋人同士だと言い出すことが出来なかった。
だから、曖昧な返事にならざるをえなかった。」
目的は告白の練習だと田嶋は言った。
「ふーん。なるほどな。
それで、お前は美優に付き合うのは【幼馴染】としてか?
美優に対してそういう気持ちは生まれなかったのか?」
「は?当たり前だろう。だって幼稚園の頃から一緒の【幼馴染】だぜ。
兄弟みたいに育ってきた家族のカテゴリーだ。
あいつの片想いが実ることを純粋に応援してるよ。」
一瞬、ほんの一瞬だったが田嶋はどこか切ない表情を見せたのを俺は見逃さなかった。
もしかすると、田嶋は無自覚なのかもしれない。
だとしても俺は遠慮しない。
わざわざ田嶋に気づかせてやる気はない。
「俺、美優が好きなんだ。」
そう言って牽制する。
「…、知ってる。」
田嶋は困った表情で答えていた。
なんだ?既視感??
どこかで見たことがあるが思い出せない。
まぁいいか。些細な事だ。
「お前の恋を応援するから、俺の恋も応援してくれ。
あ、何か手伝えとかそう言うつもりはない。
見守っててくれればいいからさ。」
「そういうことなら了解した。」
「ありがとな。」
「ああ、お互い彼女ができるように頑張ろうぜ。」
田嶋はにっこりと笑って、そして教室を出ていった。
一人残された俺はため息を1つついた。
「ごめんね。もう出てきていいよ。」
俺はカッターシャツの胸ポケットからスマートフォン取り出してそれだけ言うと通話を終了した。
ガラッと教室のドアを開く音が聞こえた。
そこには1人の少女がスマートフォンを触りながら入ってきた。
彼女の瞳は涙で溢れ、今にも零れ落ちそうになっていた。
「……………………。」
運動部の掛け声だけが聞こえてくる。
「………、わかってた。」
ボソッと呟いた少女、桜木 美優はいつもの元気で明るい様子からはかけ離れた表情を浮かべていた。
「わかってたの。そんなこと。でもどうしてよ。ヒドイよ。」
感情のままに言葉が堰を切ってあふれ出ていた。
俺はその濁流をただただ無言のままに受け止めた。
これは俺のエゴだ。
だけど、大切で大好きで惚れた人だから。
田嶋と会話する桜木が時々、儚く憂いを帯びた陰のある表情を浮かべることがある。
ある時までその原因が分からなかった。
それは偶然だった。
下校途中に電話している桜木を見かけて声をかけようとした時に聞いてしまった。
「フリとは言え付き合ってる体なんだから、デートにはもうちょっと上手く誘ってよー。
そんなんじゃ本命に告っても振られちゃうぞ、カケル。」
その言葉は俺にとって衝撃的なことだった。
そして、桜木の陰のある表情の意味を理解した。
だから余計に許せなかった。
わざわざ自分を傷つけて、自分を殺してまで田嶋に寄り添う桜木に。
そして、その好意に気づかない田嶋に。
だから、俺は今の歪な関係を壊す必要があった。
桜木の心を壊させないために。
親友である田嶋を嫌いにならないために。
***
言い疲れて落ち着いた桜木を俺は思わず抱きしめていた。
彼女はビックリしながらも抱きしめられるがままにしている。
「中学の卒業式の続き」
「えっ?」
「中学の卒業式の日、俺はお前に告白したな。
あの時は関係を壊すのが嫌で誤魔化して無かったことにした。」
「うん。」
桜木は俺の胸に顔をうずめたまま頷いた。
「でも無理だった。
やっぱり俺はお前のことが好きだ。美優。」
思わず力が入り、強く抱きしめてしまった。
そのせいか、桜木はビクッと背中を震わせて反応した。
「……、ごめんなさい。」
その返答はわかっていた。だけど、過去の俺とは違う。
既に一度経験済みだ。ここで引いてたまるか。
「前みたいに引いたりはしないぞ。
少しだがお前のことは理解してるつもりだ。
駆への想いがあるから断ってんだろ?
その程度、理解ってんだよ。そのうえで告白してんだ。」
ゲン先輩に聞いた【幼馴染】カップルの話。
彼らは互いに想い合っていた。
けれど、正しく想いを伝えあうことを怠っていたことで拗れたらしい。
ゲン先輩が多少強引な手を使って本音を引き出したことで恋人になれたのだという。
同じ【幼馴染】でも桜木と田嶋の場合は違う。
桜木は田嶋のことが好きだが、田嶋は桜木を見ていない。
田嶋が見ているのは下平先輩だ。性格的にも桜木によく似ている下平先輩。
そこにもしかしたらと思うところはある。
だが、田嶋自身は否定しているのだからそうなのだろう。
そう思うことにした。
『遠慮するなよ。』
ゲン先輩の言葉が俺に勇気を与えてくれる。
元々は好きあう同士が結ばれるのが理想だと思っていた。
だから、桜木が好きな駆が引っ付くのが一番の幸せなのだと思い込んでいた。
けど、本当にそうか?
桜木の態度と行動を見ても田嶋は自分に好意が向いていると察することが出来ていない。
そんな、気持ちを察することが出来ない人間が桜木を幸せになんてできるのだろうか?
いや、無いだろう。
付き合えば急に察しが良くなるなんてあり得ない。
鈍感系主人公は小説の中だから許される。
リアルにそんな奴が居れば、その恋人になる人間は精神的に苦労が絶えないだろう。
なら、俺が彼女を幸せにするしかない。
少なくとも、鈍感系主人公には渡さない。
「………。アイツはお前の想いに気づいてない。
それがどういうことか分かるか?気持ちを察することが出来てないんだぞ。」
俺の胸の中で息を吞む気配を感じた。
急に俺の顔を見上げてきて思わず腕の力が緩んだ。
その隙に桜木は俺から離れ1mほど距離を取った。
桜木の表情は硬い。俺の言わんとすることに気づいたからだろうか。
「………………。」
桜木は一切言葉を発しなかった。
「俺のこと嫌いか?」
「い、いや。嫌いじゃない、わよ。」
最後のほうは声がかなり小さくなっていた。
「必ずお前を振り向かせてみせる。駆の事なんて忘れられるくらいに。
だから。駆への想いを抱えたままでいい。俺と付き合ってくれ。」
「はっ?」
数舜の間のあと、桜木の顔がみるみるうちに紅潮していった。
桜木は顔を見られないよう後ろを向き、2、3度深呼吸を繰り返す。
振り返って俺に向き合った。
顔の赤みは少しだけ残っていたものの、落ち着いてきているようだ。
「リ、リュウの言いたいことはわかったわ。
そ、それで。あの、あのね―――。ああ、まとまらない。」
俺と目が合った瞬間、慌てふためき再び顔を赤らめた。
全く落ち着けてなかった。
そんな可愛らしい反応を見せる彼女に思わず顔が緩む。
たどたどしくも一生懸命に言葉にしようと頑張ってくれている片想いの相手。
ああ、やっぱり俺は彼女が好きだ。慌てる彼女も可愛いらしい。
改めて確信する。諦めてなんていられない。
(これからは遠慮しないから。)
俺はそう心に誓った。
カケル君は良い人なんです。ただ、ちょっと(だいぶ?)鈍感なだけで。
ただ、鈍感キャラ主人公がモテるのは作者的にちょっとモヤるので、こんな展開になってしまった。
申し訳ない。
お読みいただきありがとうございます!
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