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第二枠

ザクザクザク……


「すまんねえ、お兄さん。最近足腰が弱いから高いお金を払ってチケットを買ったのに、汽車があんなことになるもんだから……」

「……まったく、なんで俺がこんなことを」


 老婆を背負いながら雪を踏みしめて線路の上を歩くフランタは、何度目になるかわからないため息をついた。

 だが、それもようやく終わるとフランタは視線を上げる。すでに日が落ちてから時間が経ってしまっているが、生き残った汽車の乗客たちはラキーワの目と鼻の先までたどり着いていた。今頃、彼らの先を進んでいたヘルシングがすでに村に入り、村人に事情を説明しているはずだ。彼の説明を聞けば、村人たちも助けの手を差し伸べてくれるだろうという考えのもとでの行動だった。

 しかし、その予想に反して、村の入口に到着した一行が目にしたのは、ヘルシングとそれに同行していたステラが村人と思しき人間と何やら言い争っている姿だった。まだフランタたちにはその会話の内容は聞こえないが、その身振りから交渉が円滑に進んでいないことが見て取れる。


「まったく、あいつら……先に行って宿を用意しとくって言ってたのに何してんだ……」

「まあまあ、こんな遅くだから仕方ないわよ。あら、話し合いが終わったみたいね」


 村に到着した乗客たちを確認した村人は、何事かをヘルシングに告げてから小さな棒のようなものを手渡した。それに対してヘルシングが村人に頭を下げるが、村人はそれを見ることもなくその場から立ち去る。村人と入れ替わるようにして、フランタが老婆を担いだままヘルシングに近づいた。


「ずいぶんと歓迎されてるみたいだな、クカカ」

「……ええ、空き家を一軒借りれることになりましたから。この人数なら、下手に宿を借りるよりそちらのほうがよいでしょう」


 村人から受け取った鍵をフランタの前に掲げるヘルシング。そんな彼の周りに、村にようやくたどり着いた乗客たちも集まってくる。フランタの後に続いて村に入ってきた汽車の乗客たちはおよそ二十人ほど。彼らは一様に不安げな視線をヘルシングに向けていた。何せ彼らのほとんどはヘルシングに怪我を癒してもらい、彼の指示のもとにここまで歩いてきたのだ。村に到着した後もヘルシングを頼りにしたがっても無理はないだろう。

 ヘルシングは、そんな彼らを安心させようと笑みを浮かべる。


「みなさん、ここまでよく頑張りましたね。そろそろ僕の”祝福”も切れる頃でしょうから、早く建物に入りましょう。”灯れよ、淡光”」


 歩き出したヘルシングの後を、一行は大人しくついていく。すでに日は完全に落ちており、雲に覆われた空を見上げても一つの星すら見えない。村には街灯すら設置されていないため、乗客たちはヘルシングが作り出した魔力光を頼りに進んでいく。


「しっかし辛気臭え村だな。明かりもなければ出歩いてる村人すらいねえ」

「辺境の村ですからね。なんでも鉄道の線路もつい最近ようやく届いたんだとか」

「やっと汽車が運行し始めたかと思ったらこのざまってわけか。馬車を使ったほうがよかったかねえ」


 一行がいくら周囲を見回してみても、夜闇の中に動くものなど何一つない。強いてあげるとすれば、魔力光により映し出される乗客の影が揺らめいているくらいだ。木や石を材料にして建てられた村人たちの住居はところどころ継ぎ接ぎの跡が見え、年月の経過によりできた壁の隙間やくぼみを吹き付ける雪が覆い隠している。あたりに降り積もった雪により、村を歩く一行の足音すら吸い込まれる中、彼らは目的の空き家に到着した。

 もとはそれなりに立派であったのだろう木造二階建てのその空き家は、かなり長い期間風雨に晒されていたことが外観からも見て取れた。雪の重みで倒壊することはないだろうが、窓や壁の状況を見る限り家屋に入ったところで寒さをしのぐことは難しそうだ。


「ここで寝るんですか……?」


 ヘルシングの横に立つステラが、思わずといった様子で呟く。ほかの乗客たちも声には出さないものの、空き家の予想外のボロさに顔を引きつらせていた。だが、ヘルシングは空き家の状態など気にもせずに、村人に借りた鍵で扉を開けて中へと入っていく。


「ふむ、広さはまずまずですね。これなら皆さん休めるでしょう」

「……お前、顔に似合わずけっこうな畜生だな。この寒さで休めっていうのか」

「あなただけならまだしも、彼らにそんなことは言いませんよ。皆さんも安心して、ひとまず家の中に入ってください」


 ヘルシングの勧めに従って、乗客たち全員が家の中に入る。中には家具などは何一つ置いておらず、一階は壁一枚で二部屋に区切られているだけだ。部屋の端には二階に繋がる階段が設置されているが、段の一部は年月の経過により朽ちて底が抜けてしまっている。フランタの見立てでは、二階に上がるのは難しそうだった。


「寒いわねえ……」


 先ほどフランタに背負われていた老婆が、寒さに耐えられず呟いた。ほかの面々も手をこすり合わせたりお互いに体を寄せあったりしており、寒さがかなり堪えているようだ。


「皆さん、しばしお待ちを。”覆えよ、光界”」


 ヘルシングの呪文を合図に、彼らがいる家屋を半球体の魔法陣が覆った。すると、それまで吐く息さえすぐに凍りつくほどだった気温が、見る見るうちに上がっていく。数秒のうちに乗客たちの周囲は快適な気温となり、壁の隙間から吹き込んでいた雪も止まった。


「これで一晩は寒さに凍えることもないですね。快適な宿、とはいきませんが、今日はもう休んで明日の朝にここの領主と話をしてみることにしましょう」

「お、おい!確かに寒くはないが、ベッドもなしに寝ろというのかね!?それにまだ食事も……」


 乗客の一人である小太りの男がそう言うと、ほかの乗客たちも俄かに騒ぎ始める。それを止めようとヘルシングが口を開きかけるが、その前に声を発したのはステラだった。


「ちょっとあなたたち!怪我を治してもらってここまで連れてきてくれた恩人に、食べ物まで強請るなんて恥ずかしいと思わないんですか!?」

「う、うるさいぞ、小娘!ここまで連れてきたならちゃんと面倒を見る責任が……」

「言うに事欠いて責任ですって!?よくも何もしてない身で……」

「まあまあ、ステラさん、落ち着いて。皆さんも今日のところは堪えてください。明日領主に食事や宿についても交渉してみましょう」


 ヘルシングが言い合いを始めた二人の間に割って入る。両者ともまだ何か言いたげな様子だが、とりあえずは矛を収めたようだ。


「……やれやれ、まったく面倒なこった」


 トランクケースに腰かけ壁にもたれながらその様子を見ていたフランタは、ため息をつきながらぼやくのだった。

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