第九十三章 ジストの町へ
ジストの町までは、マウロが御者を務める事になった。祭は町が茜色に染まる、夕暮れ時に行うらしい。
「兎も角、祭が始まる前に宿を手配しないとな」
と、馬車の中でオリヴィエは言った。
「それまでに着くのか? 隊長」
御者席からマウロの声が聞こえる。
「しばらく走っていたら、赤い壁が見えてくるはずだ」
オリヴィエは答える。
「なぜ赤い壁なの?」
アイリスが首を傾げる。
「ジストの町の神が愛した色だそうです」
「隊長物知りだな」
思わず俺が言うと、
「伊達にお前たちより長く生きてないさ」
と、オリヴィエは誇らしげに笑った。
それに答えるように、俺の腹がなった。恥ずかしいが、そう言えば、昼食はまだ食べていなかった。
「隊長、昼食にしないか?」
オリヴィエに問うと、
「今鳴った腹はやはりお前か。良いぞ、食べよう」
「シャルルったら食いしん坊なんだから」
と、アイリスが頬笑む。恥ずかしいです。
「ねぇねぇ、開けて見ようよ!」
布の結び目を開きながら、フランシスは言う。既に開けた時点で許可を求めるな。
開ければ、中にはロールパンの真ん中に切れ目を入れ、具を挟んだ形のサンドイッチが入っていた。ハムサンドにタマゴサンド、ツナサンドがある。
「ハム、タマゴ、ツナ、どれが良い?」
オリヴィエがマウロに声をかける。
「決まってんだろ? ツナサンドだ」
え、初耳です。
「シャルル、渡してやれ」
と、ツナサンドをオリヴィエから託され、俺は御者席のマウロへと届けた。
「ほいよ」
「ありがとう」すぐにツナサンドを口にし、マウロはもごもごと、「お、旨ぇ」
と、言った。
「シャルル、タマゴサンド、美味しいよ!」
俺が馬車の中に戻ると、既に皆でサンドイッチを食べていた。
俺はフランシスの言う通り、タマゴサンドを手に取った。バターの効いた、懐かしい味だ。タマゴを潰し、バターを溶かしながら作った具は、やはり母の味がした。
「ハムサンドはどうだ?」
と、俺が言うと、食べていたオリヴィエが、
「あぁ、美味しいよ」
と、答えた。
「多分マーシ村一の肉屋の作ったハムだからな。美味しいに決まってるさ」
そうなのだ。旅人たちの噂で広まった肉屋で、
知る人ぞ知る名店なのだ。噂は噂を呼び、クォーツ国一とも言われている店だ。
俺はハムサンドを口に運んだ。少し厚めに切ったハムが、やはり件の店のハムだ。脇に塗られた手作りのマヨネーズが良い味を出している。ありがとう母さん。
「あとの分はマウロに残しておきましょうね」
タマゴサンドの入ったバスケットの布を結び、アイリスが言った。
その時、
「お、隊長! 見えたぜ」
明るいニュースが飛び込んできた。
「壁が見えれば、あとは小高い丘を越えるだけだ。すぐに着く」
と、オリヴィエは言った。
やがて、丘を越え、赤い壁の前で馬車は止まった。門番はいないようで、なんの会話もなく、雑踏の中を割って馬車は町へと入って行く。まだ太陽は天上から少し傾いただけだ。祭は、始まっていない。
そうして、再び馬車は動きを止めた。宿屋の前に着いたのだろう。オリヴィエが馬車から飛び降りた。
「外はどうなっているのかしら」
「気になるよね」
祭ムード一色なのかな、などと言いながら、フランシスとアイリスは馬車の後ろの垂れ布をめくりあげる。
「あ、すごい!」
アイリスの声がする。どうしたのかと俺も覗いて見れば、獅子や蛇などのモチーフにした台車が並んでいた。下には滑車がついていて、移動できる仕組みだ。
祭の時、練り歩くのだろうか。
「おい、早く降りろ」
外からオリヴィエが声を張り上げる。それに従い、俺たちは外へと降りた。
見渡す限りの、白い壁の町だ。これが赤色に染まるのかと思うと、少し胸が弾んだ。なんて恐ろしい祭なんだ。
マウロが馬屋に馬車を入れ、戻ってきた事を確かめると、オリヴィエは二階建ての宿屋の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
受付に座った娘が、うやうやしくこうべを垂れる。
「一晩、世話になります」
アイリスは言った。
「お部屋は二階でございます。どうぞ、ごゆっくり。お祭も楽しんで来てくださいね」
娘はにこやかに微笑した。
「ありがとねー」
と、フランシスは手を振った。
階段を上がり、二階へと行き着くと、部屋の番号を探す。
「お、隊長! あったぜ」
マウロの言葉に、皆で振り向く。奥から一つ手前の部屋の前に立っている。いつの間に行ったんだお前は。オリヴィエが、そんな渋い顔をしていた。
「あちらだそうです。姫様」
オリヴィエはそう言って、アイリスを促した。
「ありがとう」
アイリスもそれに答えて、前を歩き出す。
「どんな部屋だろうね」
俺の肩を掴み、フランシスが囁いてくる。
「今までの国とそう変わらないだろう」
「そうかー」
俺に適当にあしらわれても、フランシスは俺の腕に己の腕を絡めてくる。もう慣れたが、やはり少し恥ずかしい。
「おい着いたぞ」
オリヴィエの言葉に顔を上げる。五人分の寝台の置かれた、広い部屋だった。中ではアイリスが、残ったサンドイッチをマウロに手渡している。
「祭が始まるのは、言った通り夕方だ。かなり派手な祭だそうだから、今の内に休んでおけよ」
オリヴィエはそう言って、寝台の上に、荷物を置いた。
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