第九十一章 朝食はベーコンエッグ
夜が明けると、懐かしいパンを焼く匂いが階段を上ってくる。母が手作りのパンを作っているのだ。
「んー」
と、俺は伸びをして、傍らの温もりに気が付いた。ある程度の予測はついていたが、やはり転げ落とした方が良いだろう。勝手に布団に入ってきたフランシスを蹴落とし、無理矢理目を覚まさせた。
「なになに?」
目を擦りつつ、フランシスはあくびをする。なになになのはこっちだ。
「ベッドに入るなと言っただろう」
俺が言うと、
「だってぇ、明け方寒かったんだもん」
などとぶりっ子じみた回答が返ってきた。
「兎も角起床時間だ。朝食を取りに行こう」
途中でオリヴィエたちの部屋や、姫様の部屋にも寄るぞ、と、俺は続けた。
「わかった。頑張って起きる」
フランシスはそう言って、立ち上がった。
二人して、俺の部屋を出る。まずは隣のオリヴィエとマウロが泊まっている部屋に足を向けた。 扉の前で、幾度かノックをする。間も無く、眠たげな表情のオリヴィエが顔を出した。
「おはよう、隊長」
「もうそんな時間か?」
オリヴィエはかなり眠そうだ。これは夜更かししましたね、隊長。
「太陽はとっくに昇っているぞ」
「あ、本当だ……」
窓へと振り返り、オリヴィエは軽くおどろいたように呟いた。そうして、部屋に戻り、眠るマウロの尻尾を踏みつけた。
「ぶにゃぁぁああ!」断末魔の悲鳴が上がる。「な、なんだよ」
マウロが寝台から起き上がった。
「朝だそうだ」
なんて起こし方をするんだ。見ただけで、身体が凍えてしまう。
「隊長容赦ない……」
俺の後ろで、フランシスが静かに言った。
「なんの声!?」
背後から、アイリスの声がする。部屋に寄らなくてすみそうだ。
しかしその方法には、ある欠点があったのだ。
「なに? どうしたの?」
「なにが起きた?」
父と母が慌てて駆けつける。
皆を集まらせてしまう、と、言う欠点が。
「隊長が俺の尻尾を踏んだんだよぉ」
半泣き状態のマウロが訴える。
「まぁ隊長さん」
暴力はだめよ、と、母は続けた。母さん、パン以外の料理は大丈夫なのですか?
「俺の若い頃もそうやって良く起こされたもんだ」
と、一階へ降りて行く母を見送り、父が豪快に笑った。これは銃士隊特有の起こし方なのか。やらなければやられる……なんて恐ろしいんだ。
「父さん、朝飯は?」
と、父に尋ねると、
「配膳くらい手伝ってやれ」
そう言って、一階へと降りて行った。
朝食は、昨日のクリームシチューと、サラダ、そうしてベーコンエッグだった。とても美味しそうだ。
「はい、焼きたてですよ」
と、母が昨日と同じように、食卓の真ん中にロールパンの入ったバスケットを置いた。
ベーコンエッグは黄身は半熟で、潰すと白身の海に流れ込む。端がカリカリに焼かれたベーコンに、涎が口の中に湧く。それを飲み込んで、黄身の付いた白身とベーコンを口へと運んだ。
「旨い!」
俺よりも先に声を上げたのは、珍しくオリヴィエだった。隊長も感動する事があるのかと、銃士隊員で目を見合わせる。
「美味しい? 昨日なにも言ってくれなかったから、心配だったのよ」
母は優しく笑った。
「昨日は余りにも美味しすぎてなにも言えなかっただけです。ご心配をおかけしました」
熱々のロールパンを手にしながら、オリヴィエは言う。
「まぁ、そうだったの。良かったわ」
「残っていたのが幸いでした。美味しいです。このような料理で育ったシャルルは幸せ者ですね」
「あら、ありがとう」オリヴィエの言葉に母は顔を赤らめ、「そう言われると照れてしまうわ……」
と、言った。
オリヴィエは滅多な事では世辞を言わない。本当の事だ。これは結構鼻高々だ。
「シャルル、今度はいつ帰ってこられるの?」
食後、皆が部屋に戻り、俺だけが母の元に残った時に、不意には母は言った。
「母さんは俺に帰って来て欲しい?」
洗った食器を食器棚に片付けながら、俺は問うた。
「心配なのよ。あなただってもう22歳でしょう? 早くお嫁さんを迎えてお母さんを安心させて欲しいのよ」
「それは……」
孫の顔が見たいって事? と言う問いかけを、俺は飲み込んだ。
母の希望に答えられなくて申し訳ないが、今のところそんな相手はいない。
「ほら、あの三毛猫さんとか、あなたに懐いているみたいだったし」
フランシスの事か。
「ごめん、母さん。彼はオスなんだ。正確に言うと、オスでもメスでもないんだ」
「え? まぁ、そうだったの」
この村で育った母にとって、フランシスのような存在は不思議な事この上ないだろう。残った食器を洗い、母は言った。
「もう昼には出ていく。いつ帰ってこられるかもわからない」
「そう……」
母は寂しげだ。
「ただ、聞いて、母さん。俺、姫様の従者になるんだ。将来姫様が王位を継承された時、傍にいるんだ」
「まぁ! お父さんよりも出世ね」
「その前に一度帰るよ」
俺はそう言った。
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