第八十九章 魔法って存在するの?
「良い親御さんじゃないか」
俺の部屋へと入り、勝手知ったるように荷物を置いたフランシスは、俺の寝台へと腰かけ、言った。
「そこはお前のベッドじゃないぞ」
と、俺が言うと、
「え、違うの?」
と、つぶらな眼差しを向ける。そんな事をしても無駄だ。お前は床に敷いた布団の上で寝るのだ。
「まぁ、別にお前がベッドに寝て、俺が布団に寝ても良いけど?」
俺が言うと、
「酷い! 嵐の夜には一緒に寝て愛を確かめあったじゃないか!」
大分語弊がある言い方だ。つまるところ彼は、俺と同じ布団で眠りたいようだ。
嫌だ。暑いじゃないか。そう言いかけた口を閉じる。さすがにそこまで言ってしまったら、いくら彼とて傷つくだろう。
一階から、良いクリームの匂いが漂ってくる。夕食は、やはり俺の期待していたシチューのようだ。
「もうクォーツ国の支配下の村に入っちゃったんだねぇ」
沈む夕日を見つめながら、しみじみとフランシスは言う。
「早いもんだ」
と、俺は答える。部屋は俺の出ていったままで、本棚には古い伝承の本や、エッセイなどが並んでいる。埃もなく綺麗な状態を保っているのは、恐らく毎日部屋を掃除してくれている母のお陰だろう。
「あ、この本見たことある」
フランシスが寝台から立ち上がり、本棚を眺めている。
「どの本だ?」
荷物を片付けながら、俺は尋ねる。
「ドラゴンに乗った魚屋の話。魔法とか出てきて面白かった記憶があるね」
魔法か。そう言えば、この異世界には魔法が出てこないな。聞いてみるか。
「ここには、魔法なんてあるのか?」
「ないね。いるとするならば……町に住んで薬草の調合や軽い医学に精通した、白魔女と呼ばれる者くらいかな?」
勿論空を飛んだりはできないよ? と、フランシスは続けた。
「でもドラゴンは飛んでいるだろう」
「古竜の事? 彼らは長生きだからね。でももう、数も少ない」
フランシスは肩を竦めた。
「なんで」
「同族同士での配合で死産が多くなったのと、食料としていた果実が少なくなったって本に書いてあったかな」
その内滅びる種族だよ、と、彼は言った。前世では、布団に寝転がり、掛け布団に潜り込んで、懐中電灯の明かりの元、本や漫画で魔法やドラゴンの出る世界に夢を馳せたものだ。
それを少し期待したが、この異世界では既に魔法は本の中の出来事のようだった。少し寂しい。いや、とても寂しい。
「もしかしてキミ、期待してたの?」
フランシスが弱味を握ったように、にたりと笑った。そんなフランシスの態度に、
「男は誰だって夢を持つものなんだよ」
と、俺は言う。
「中ぶらりんのボクには余りわからないなぁ」フランシスは答える。「あ、でもボクも魔法が使えたらなって思った事があったな」
聞き返すのが少し怖い。
「ど、どんな魔法を?」
「何者にも愛される魔法かな」
と、フランシスは言った。彼の過去を多少でも知っている俺は、酷な質問をしてしまったと悟った。
「ごめん、酷い事を聞いてしまった」
俺は思わず彼を慰撫するように抱き締めた。
「うわぁ、役得だ」耳元で彼の声がする。「大丈夫だよ、全く気にしていないから」
と、フランシスは俺を引き離した。
「シャルルー! ご飯できたわよ! 他の皆さんも呼んでいらっしゃい」
母の声がする。
「また寝る時に話そう」
フランシスはそう言うと、俺の部屋の扉を開いた。
途中、オリヴィエとマウロと顔を合わせる。
「どうだ? シャルルの部屋は」
楽しげにオリヴィエはフランシスに問う。
「中々面白いよ」
何を話しているんだこの連中は。
と、そこに我が家取っておきの客間からアイリスが出、
「遅れてごめんなさい。行きましょう」
と言った。”行きましょう”この響きが、クォーツ国を出発した時のようで、俺は懐かしさを覚えた。
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