第八十七章 故郷へ
食堂を出ると、各々の部屋に戻り、マントを羽織り荷物を持った。集合は屋敷の前。確かオリヴィエがそう言っていた気がする。
扉を開くと、マウロと落ち合った。
「昨日隊長大変そうだったな」
と、彼は言う。
「なにが?」
俺が尋ねると、
「いや、結婚するって大変だなと思ってな。しかも、あんなに怖い奥方だったら俺は逃げ出しているよ」
いや、あの二人にはまだ愛はあるよ、そう言いかけた唇を閉ざす。昨夜の事が明るみに出ると、俺がオリヴィエに怒られる。それは嫌だ。
と、突然後ろから抱きしめられる。
「うわぁ!」
おどろいて声を上げると、背後にフランシスが、その後ろにアイリスがいた。
「背中ががら空きだよー。生死を分けるよー」
フランシスはにやりと笑った。
「うるさい」
俺は耳を畳んだ。
「あ、シャルル怒っているのね!」
アイリスが珍しいものでも見たかのような声をだす。
「猫はみんな怒るとこうなりますよ」あらわれたオリヴィエが言う。いや、隊長、そうじゃない。「ここで集合してしまったな」
と、苦笑した。
階段を下り、屋敷の扉を開く。射し込む日の光に、刹那目が眩む。オリヴィエの先導に、未だ瞬きを繰り返しながらついて行く。やっと見えた先には、ノエルがバラに水をやっていた。
「行ってくるよ」
オリヴィエが声をかけると、彼女は、
「国に着いたら、手紙を頂戴ね……あなたったら忘れやすいから。他の銃士さんたちも頼みましたよ」
と、言った。昨日から感じてはいたが、これは正しくツンデレじゃないか。異世界でツンデレに出逢えるとは思ってもみなかった。皆、二次元のものだと思っていた。
「さよなら、ノエル様」
アイリスが言う。
「さようなら、お姫様。良い事? 結婚は戦争よ」
「心得ておきます……っ」
彼女は拳を作って見せた。
一日ぶりに、乗りなれた馬車へと乗り込む。マウロを御者に、馬車は走り出した。
「おい、隊長」
マウロが不意に声をかける。
「どうした?」
オリヴィエが聞くと、
「スライムはもう潰さなくて良いのか?」
マウロを尋ねた。
「潰したいのか?」
オリヴィエの言葉に、
「いや、こん棒も汚れるから余り潰したくはないが……金は大丈夫なのか?」
「そんな事気にするな。たっぷりある」
と、言った。たっぷりあるのか。
「ねぇ、次はどこに行くの?」
フランシスが問うてくる。
「シャルルの故郷に行ってみたいわ」
「あ、ボクも興味ある!」
とうとう回ってきた。フランシスは良いよな、なにせ実家がクォーツ国なのだから。
「では、次はシャルルの故郷のマーシ村でよろしいですか?」
「はい!」
俺は全くよろしくない。姫様もそんな元気に返事をしないでください。
「御者は変わった方が良いのか?」
俺たちの話を聞いていたのか、マウロが前から尋ねてくる。
「……そうだな」
と、俺は揺れる馬車の中、マウロと交代して御者席に移動した。目前は草の揺れる草原だ。マーシ村か。隼人としての記憶が戻ってから初めて帰る、遥かなる故郷に想いを馳せても、やはりなにも思い浮かばない。ぼんやりと浮かぶのは、家の位置と、父親と母親の顔と声だ。
父さん! 不安げに見送った息子が、こんなに成長しました! よし、挨拶はこれに決めた。
ふと、もうクォーツ国の支配下の場所に入るのかと感じる。少し寂しくなった。
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