第八十二章 オリヴィエの秘密二
オリヴィエの屋敷は、領地の一番奥に位置していた。クォーツ国で見るような、貴族の屋敷に似た作りだった。
「胃が痛い……」
ぼそりとオリヴィエは言葉を吐き出す。
「そんなに嫌なのか?」
と、聞いてみると、力の無い目で睨まれた。全く威嚇になっていないです、隊長。
「オリヴィエ様!」閉ざされた門の前まで来ると、羊の従者がぱたぱたと駆けてきた。声からして、老婆のようだ。鼻に眼鏡をかけている。「本当にお久しゅうございます。本当に帰ってきて下さったのですね。サニーは、胸がいっぱいでございます」
「彼女は?」
と、俺が尋ねると、
「俺の乳母だよ」
そんな答えが返ってきた。
「へぇ、可愛いおばあちゃんだなぁ」
フランシスが言う。
「まぁ、そんな事……」
サニーと呼ばれた老羊は顔を背ける。
「ノエルは?」
「お部屋でお待ちですよ」
と、サニーは笑い、門を開けた。
門の先にはシンメトリーの庭が広がっていて、バラの花が咲き誇っていた。
「素敵なお庭ね」
「ノエルが毎日水をやっている、大切な花なのですよ」
アイリスの言葉に、サニーは微笑する。
「なぁ、隊長」
いい加減教えろよ、と、フランシスがオリヴィエの肘をつついた。
「もう、オリヴィエ様、ノエルの事を言っていなかったのですか?」
サニーは腰に手をあてる。
「あー、わかったよ」ため息と共に、オリヴィエは言葉を吐き出した。「俺とノエルは乳母兄妹で、ノエルは俺の妻だ」
「えぇ!?」
皆が声を張り上げる。
「死んだんじゃなかったのかよ」
そう言ったのはマウロだった。
「もう帰る事もないと思っていたからな。だから逢う事もないと、心の中で彼女の存在を消していたんだ」
と、その時、
「誰が誰の存在を消していたって?」
屋敷の方から声がした。途端、オリヴィエの肩が震える。これは恐妻家だな、と、その場にいたサニー以外の皆が思った。
声の主は軽やかにこちらへと向かってくる。アビシニアンのようだ。茶の毛並みが美しい、目の大きな猫だった。
「お久しぶりね、あなた」
「あ、ぁ……」
こんな情けない声のオリヴィエは初めて見る。これは弱味を沢山握られている様子だ。
「お元気でした? あなた。私に全てを預けて別の国でのヒーローごっこはいかがだったのかしら?」
オリヴィエの回りを歩きながら、ノエルは歌うように言った。
「まぁ、な」
「しっかり挨拶!」
「はい! 楽しかったです! これからもしばらくは続きそうです!」
自棄糞のようにオリヴィエは言う。
「今日は立ち寄っただけだと言うの?」
と、ノエルは尋ねた。
「あの、私が行きたいといったのです」
二人の間に入り、アイリスは言った。勇気あるな。
「あなたは……?」
ノエルはアイリスへと視線を向ける。
「アイリス・ド・ラ・マラン・クォーツと言います。クォーツ国の王位継承権第一位の姫です。今はクォーツ国の掟で、世界を回る旅をしています。もう、着いてしまうけれど」
「まぁ! もしかしてこの人はあなたを護っているの?」
ノエルは問うた。
「そうです。しかも彼は銃士隊の隊長なのです」
「そう」
と、ノエルが扇を広げる。
「あの、」
「なに? お姫様」
「オリヴィエの事、余り悪く言わないでください。立派な隊長ですよ」
アイリスは弁解を図ったが、ノエルはそんな事お見通しだと言う風に、嗤った。
「ふふっ、当たり前よ。この私がこの人を選んだのだから。勇敢で、とても優しいこの人を」
この人、怖いだけじゃないんだ……心の中でそう思った。
「で、いつまた出ていくの?」
と、ノエルは言う。
「明日か、明後日か、な?」
やめてあげてください。隊長が倒れそうです。
「屋敷に泊まっても良いわよ。元々あなたの屋敷なのだもの。その代わり、あなた、夜私の部屋を訪ねて」
お願いね、と、ノエルが言った。そうして踵を返すと、屋敷の中へ入っていった。
「わかった」
ノエルが屋敷に入ったと同時に、オリヴィエは言った。
「知らなかったなー、隊長が結婚してるなんて」
手を頭に回し、フランシスは言う。
「まさか子供もいるんじゃないだろうな」
マウロが問い詰めると、
「子供はいない。それは本当だ」と、オリヴィエは言った。本当だろうか? 「結婚式も上げるか上げないかの時に俺は出ていったんだ」
「そうね、あなたは私を置いて出ていった」と、ノエルが窓から顔を出す。「早く入りなさいよ。庭でそんなに大勢でいると迷惑だわ」
「ノエル、そんな事を言うものじゃありません!」
と、サニーが声を張り上げた。ノエルは黙って窓を閉めた。
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