第八百十一章 アイリスの病気
どこの誰が密告者か、女王が病床に付いたと言うニュースが号外として配られたのは、その日の夕方の事だった。
「アイリス女王、復帰は絶望的か」
そのような号外が出たのならば、黙ってはいられない。帰宅途中だった俺はすぐに城へと引き返した。
「シャルル! どうしたんだよ?」
あまりの剣幕だったのか、門番のジャックは俺に声をかけてきた。どうやら、彼はこの国を揺るがすニュースをまだ知らないようだった。
「すまん、急いでいるのだ」
俺が前へ進もうとすると、ジャックは手に持った槍を下げ、道を塞いだ。
「緊急事態だ、道を開けてくれ!」
俺が言うと、
「お前、なんだかおかしいぞ? そんなやつは城に入れる訳にはいかねぇ」
門番は食い下がる。
「これでもか!?」
俺は配られていた号外記事を見せた。ジャックはそれを見るなり、
「わかった。好きにしろ」
と、槍を上げた。
「ありがとう」
「別に良いぜー! 疑ってすまなかったな!」
彼の声を背に受けて、俺は城へと足を踏み入れた。
フレデリックの部屋に向かわずに、まっすぐアイリスの部屋を目指す。かつて通った道が、どこか遠く感じる。
こんなにも、急いでいるのに。
やがて、やっとアイリスの部屋に辿り着くと、その扉を叩いた。
「アイリス様! ご無事ですか!?」
城中に響くような大声で、俺は叫ぶ。間も無く、静かに扉が開かれた。
「どうしたのよ」
あらわれたのはソフィだった。
「こ、こんな記事が巷に配られている」
俺は再び号外記事を見せた。すると、ソフィの顔色はみるみる青くなり、
「ちょっと待って頂戴」
そう言って、背を向けた。
「セドリック、ちょっと来て」
彼女は同僚のエルフを呼ぶ。
考えればおかしな事だ。
もう、退勤時間を過ぎているのに、アイリスの従者の彼らがいるのだ。
「なんだ……おぉ、シャルル」
ソフィに変わって、セドリックが顔を出した。
「これを見て」
彼の背後から、ソフィが言葉を紡ぐ。
「アイリス女王、病床に……一体誰がこんな事を書いたのだ」
記事に目を通し、彼は言う。
「それより、どうしてお前たちが今まで残っているのだ。もう退勤の時間はとっくに過ぎているはずだぞ?」
「まぁ、良いわ。……入って」
と、ソフィは言った。
中に入ると、久々に見るシャンデリアが俺を出迎えた。それに、寝台に横たわるアイリスの姿があった。
「アイリス様は大丈夫なのか?」
「だから大事になると言ったのですよ、アイリス様」
そんな言葉が降ってきた。
「え?」
振り向いた俺は、声の主のセドリックに対して目を丸めた。
そんな、大事になる?
「……だって言えないじゃない……」
消え入りそうなアイリスの声が聞こえる。
「……朝食で食べたポーチドエッグが腐っていた事による食あたりなんて……」
「ローランサン先生も、もう大丈夫との事です。しかし、誰がこんなでたらめな記事を……」
「明日演説するわ……心配をかけたって」
布団から起き上がり、アイリス答えた。その顔は、青ざめたそれではない。
「安心……しました」
思わず、俺は腰の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「ごめんなさいね、シャルル」
アイリスは俺の頭を撫でる。俺は安心していた。
翌日の演説で、アイリスが倒れるまでは。
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