第八十一章 オリヴィエの秘密一
翌朝、出発した馬車の中で、次の目的地の話をした。御者はマウロで、馬車の中にはアイリスとオリヴィエと、フランシス、そうして俺がいた。俺はオリヴィエの領地を訪ねてみたかったが、恐らく突き返されるだろうと黙っていた。するとアイリスが、
「オリヴィエはこの大陸のどこの出身なの?」
と、話を振ってきた。よし、そのまま領地の話になれば、彼もなにも言えないだろう。
「お、俺ですか!?」
落書きを見つかった子供のような、普段の彼からは聞いたことのない声だった。
「他の銃士隊員とは違って、どこか威厳があるのだもの。きっとどこかの領主かなにかなのだろうって思っていたのよ」
この際だから、訪ねてみたいわ、と、言った。オリヴィエは眉間にシワを寄せ、しばし考えていたが、やがて諦めたように顔を上げた。
「わかりました、ご案内致します」
やった。でかした姫様。
「どんな領地なの?」
「その辺りの町を大きくしたような、ごく普通の領地ですよ」
オリヴィエはがっくりと答える。余程嫌なのか。アイリスもそれを悟ったようで、
「無理に、とは言わないわ。ただ、少し興味を持っていたから……」
「いえ、お気になさらずに」オリヴィエは前の垂れ布をめくり上げ、「マウロ、御者交代だ。俺がやる」
と、言った。
「良いのか? 隊長」
マウロは言いながら、馬車へと降りてくる。
「あぁ。近道を知っているからな」
「近道?」
マウロが尋ねると、
「隊長が己の領地に連れていってくれるんだとさ」
俺は答えた。
「え、隊長、領主様だったのかよ!?」
おどろいたマウロが声を張り上げる。
「うるさい」
と、前からオリヴィエの声が聞こえた。
「フランシスは知っていたのか?」
ふと思い立ち、俺はフランシスに話しかけた。
「ボク? うーん、ただ者ではないとは思っていたけど……やっぱりそうだったんだね」
とのことだった。
「オリヴィエ・ド・ルノー・ラリュー」前から再びオリヴィエの声がした。「俺の本名だ」
少し声が上擦っていたのは恥ずかしさからか? 「手紙のやり取りくらいで十何年帰ってないですよ。もしかしたら、下剋上でも革命でも起きているかもしれませんが……」
よろしいですか? と、オリヴィエは続けた。
「覚悟はできているわ」
アイリスは答える。
「わかりました」
俺は再びした、オリヴィエのため息を聞き逃さなかった。
やがて、馬車は動きを止めた。目的地に着いたのかと軽く前方の垂れ布をめくると、石の門が目に入った。
「私だ。帰ってきたぞ」
と、門番に言うオリヴィエの姿が見える。
「ご、ご領主様!」
門番の声が跳ねた。するとぞろぞろと兵士たちが出て来て、
「お久しぶりです」
「もう帰っていらっしゃらないと思っておりました……」
「ノエルは元気にしているか?」
兵士たちの言葉を掻い潜り、オリヴィエは聞く。
「ノエル様もきっと喜んでくださいます!」
「そうか。それは良かった。逢えるか?」
「勿論です! すぐに取り次ぎます」
ノエルって誰だ? 馬車の中で、皆が目を見張る。
「女の名前だよね?」
と、フランシスが囁く。
「確か隊長の奥方は死んだ筈だったが……」
そう声を潜めたのはマウロだった。
「兎も角、降りてみましょうよ」
アイリスが言った。そうだな、それもそうだ。と、皆で馬車から降りる。石が重なり合った門は立派なもので、その奥には町が広がっていた。
俺たちが出てきた事を知ると、オリヴィエはアイリスの手を取って、兵士たちの前へと連れていった。
「今私はここにいるクォーツ国の王女様と旅をしている。この方になにかしたらレイピアが己の胸を突き刺すと思え」
と、言った。
「あとの方々は……」
兵士の一人が聞く。
「銃士隊の仲間だ」オリヴィエが手招くので、俺たちは彼の方へと駆けて行った。「左から、マウロ、フランシス、そうしてシャルルだ」
「よろしくお願いします!」
「あ、ありがとう」
兵士たちが頭を下げるので、俺たちは慌てて言葉を継いだ。
「シャルルは私より強い。下手したら模擬戦でも殺しにかかってくるからな」
「オリヴィエ様より強い……」
そ、そんな目で見ないでください。と、言うか皆さん隊長の一人称が俺から私に変わっている事にいつ突っ込むんですか。俺の役目ですか?
「隊長、一人称が変わっていますよ」
と、俺が言うと、
「当たり前だ。仮にも領主だからな。領民の前で俺なんて言えるか」
ですよね……。
しかし気になるのはノエルと言う者だ。オリヴィエは部下に留守を任せていると言っていた。そうならば、女の部下もいたのだろうか。
「案外奥方だったりして」
フランシスが、不吉な事を呟いた。
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