第八百三章 別れ
食堂前の玄関ホールにつくと、他の王族の従者たちが扉が開かれるのを待っていた。
「シャルルはん! お久しゅう!」
アランが声をかけてきた。こいつに関わるとろくな事がないので無視しようと思ったが、一応は他の従者たちも見ている。
適当に、あしらっておこう。
「久しいな、元気だったか?」
「それがでんな、シャルルはん」
と、彼は俺にさらに近づいた。やばい、話が長くなるやつだ。
「おかんが、天文台から故郷へ帰る事になったんですわ」
「なんだって!?」
俺は声を張り上げていた。あのラパラ女史が故郷へ帰るだと?
ふと、疑問に思う。
ならば、アランはどうするのだろう。
「そうなんですわ。それで、自分も一緒に帰ってこいと言われましてぇな。明後日にはクォーツ国を立つのですわ」
そうか。故郷に帰るのか。少し寂しいな。
ルドルフの従者のアランとは、結構な付き合いだ。ルドルフがいれば、そこには彼がいる。それが、当たり前だった。
日常は、時に残酷に今まで培ってきたものをひっくり返す。
それは、いつの時代、いつの世界も同じようだ。
「そうか……元気でな」
そんな言葉しか、俺は返す事ができなかった。
「ありがとでんな、シャルルはん」
ハンカチで涙と鼻水を拭い、アランは言った。
「意外だね、あの、ラパラ女史が」
フレデリックの部屋に向かう道すがら、フランシスは呟いた。
「なにがだ?」
俺が問うと、
「アイリス様からの命令だろう? その、故郷に帰らされると言うのは」
フランシスはまっすぐに俺を見る。
「なんだか、理不尽だなぁって」
「そうだなぁ」
俺は腕を組んだ。
アイリスの判断ならば仕方がない。それで片付けていたが、理不尽と言えば理不尽かもしれない。
「まぁ、長年クォーツ国に貢献したものだ。爵位も貰っている。恐らく金も幾らかは出るのだろう」
と、俺は推理した。
「アランかー、僕はあまり記憶がないなぁ……」
従者たちの会話に、主人が乱入する。
「いつも兄上しか見ていなかったから」
まぁ、主人としては従者は壁のようなものだからな。覚えていなくてもしょうがない。
「私がいる時は!?」
すかさずアレットがフレデリックに詰め寄り言った。
「勿論、君しか見ていないよ、アレット」
「ほ・ん・と・う、に!?」
「本当だって。今日の昼食の時だって、君しか見ていなかったよ」
フレデリックの背中に冷や汗が伝うのがわかる。
女って、怖いね。
「まぁ良いわ」
未来の夫を壁際まで追い詰めた妻は言った。
「今夜のオペラ、楽しみね」
「そ、そうだね」
額に流れた汗をハンカチを使って拭き取り、フレデリックは言った。
「アレットは、カジミール二世の事は知っているのかい?」
「当たり前よ。あなたも知っているでしょう? フレデリック」
「ま、まぁそうだね……」
フレデリックは言葉を濁した。ページが破かれていたなど、言える訳がない。
「エリザベート一世は習った?」
「えぇ。勿論」
さらりとアレットは言った。フレデリックの動きが止まる。ここで、俺は初めて宰相クレチアンに恐怖した。
王族たちに、正しい歴史を教えない。
教えないと言う事は、無知な者が王座につく。それを、影で操る。
つまるところ、国を乗っ取るつもりだったのだろう。
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