第八百章 昼食の許可
しばらくして、十二時を告げる鐘がなった。
「お昼ね、フレデリック」
楽しく談笑していた二人は、いささか残念そうに項垂れる。
アレットは、昼食はどうするのだろう。
「とりあえず一緒に食堂前の玄関ホールへ行くわ。女王陛下にも挨拶をしたいし」
と、彼女はそう言って立ち上がった。
「わかった」
フレデリックも立ち上がる。そうして、俺が開けた扉をくぐり、廊下へと出た。廊下は、思ったよりも暑いものだった。
「暑いね、キミ、大丈夫?」
フランシスが俺に声をかける。地肌に汗が溜まり、人知れず流れ落ちて行く。これが、獣人に転生した唯一の悩みだ。
「俺よりも先にフレデリック様やアレット様を心配しろ」
と、俺は耳打ちした。
見れば、二人は暑そうに手で扇を作り扇いでいる。暑いからか、手を繋ぐ事を忘れている。今日は、季節外れの暑さだ。
「フレデリック様、アレット様、大丈夫ー」
そう言いながら、フランシスは絹の道を通ってやってきたのだろう扇子を開き、脇から扇いでいた。
「あ、ありがとう。フランシス」
ほんの微風に感謝をくれる主人は、本当に優しいものだ。だがしかし、それが時に悪魔に聞かれる事がある。
それを咎めたかったが、今はアレットの面前だ。無様な姿を晒したくはないだろうし、俺だって主人のそんな姿を、その許嫁に見せたくはない。あとに回す事も考えたが、生憎今日は観劇をみる日だ。
つまるところ、注意は明日になると言う事だ。
やがて、玄関ホールへと続く階段を下りる。そこにいたのは──
「早いわね、フレデリック」
と、声の主は頬笑んだ。
「は、母上っ」
フレデリックは急に改まる。
「早いですか? 僕の部屋の時計は、出る時には既に十二時の鐘が鳴った後でした」
「シャルル、懐中時計は確認したの?」
アイリスは急に俺へと話を振る。俺が慌てて確認すると、時計の針は十一時五十分を指していた。
「時計の調整? わからないけれど、呼んだ方が良いのかしら?」
アイリスは首を傾げる。
「幸いにも、ジャスミーヌおば様のいる隣のイサファ国には既に時計のお店ができて、職人もいるみたいだし」
「それが良いですね、母上。シャルルも、僕があの時、時間を確認しておけば良かった」
皇太子は今日はしょぼくれてばかりだ。アレットは、そんな彼の姿を見て、おどろいている。
これからどんどん見せる事になりますよ。
「良いのよ、ちょうど良かったわ」
アイリスはアレットと真っ直ぐ向き合って、
「アレット・ド・トルブレ。今日から、フレデリックを訪ねた際は、共に王族の食事に参加する事を許可します」
よろしくね、と、アイリスは再び笑った。
「そんな、女王陛下……」
アレットは戸惑っているように見えた。
「アイリス様の計らいでございますよ」
隣にいたソフィが彼女に声をかけた。
「ありがとうございます……、女王陛下」
頬を染め、アレットは言った。
「良かったね、アレット!」
恐らく、このニュースに一番嬉しいのはフレデリックだろう。アレットの手を取り、跳ねた。良い恋人達だ。
「シャルル、ちょっと良いか?」
セドリックがいつの間にか近付いて来、俺の耳に問いを投げ掛けた。
「どうした、セドリック」
俺は首を傾げる。
「いや、アレット様は大丈夫なのか? その……思考の方で」
二人を隔てる波がここで押し寄せた。そうだ、アレットは民主主義の思想を持っているのだ。
それもかなり、強く。
「問題かもしれん……」
俺は俯いた。
「そうか、わかった。酷な事を聞いたな」
それだけ言って、セドリックは再びアイリスの背後についた。
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