第七百九十八章 アレットのウエディングドレス
翌日、俺が目覚めるとすでに時計の針は八時四十五分を過ぎていた。城へは歩いて十五分はかかる。馬で向かう事も考えたが、今日はアレットが来るので、馬屋は馬車馬で埋まってしまうだろう。
「やっちまった……」
ため息を吐いても始まらないと、寝間着を脱ぎ、シャツを着てヴェストを羽織った。下はズボンとブーツだ。
そうして、俺は傍らに置いてあるレイピアをはして、寝室の扉を開けた。
「おはようございます、ご主人!」
エタンは今日も元気一杯だ。
「今日はお休みなのですか?」
そう言えば、最近は起こすように言う事が少なかった。彼なりに考えて、俺は今日休むと言う思考に達したらしい。
「出勤だ。……寝坊をしたのだ」
俺は頭を掻いた。
「大丈夫ですか? 昨日はいつもよりお帰りが遅かったですものね。朝食はどういたしましょうか?」
「弁当だけくれ。朝はフェリさんに昨日のパンでもわけて貰う」
「わかりました」
エタンはそう言って、弁当を差し出した。
「サンドイッチになります。ニンジンのラペが中身になっております」
「ありがたい」
俺はそう言って、弁当を受け取った。
階段をかけ下り、朝のラッシュアワーが去ったフィンチのパン屋を覗いた。
ちょうど、カウンターには誰もいない。
「フェリさーん」
恥ずかしげもなく、俺はフェリの名を呼んだ。
「はーい」
すぐにフェリの声が聞こえ、フレンチブルドッグがあらわれた。
「昨日の残りのパンなどありませんか? 恥ずかしながら寝坊をしてしまいまして……」
「そうでしたのね。確かジャーマンがあったと思います。幾つお食べになります?」
「では、二つほどいただけますか?」
俺の言葉に、フェリは一度奥に消えてから、紙袋を持って再びあらわれた。
「どうぞ、食べながらの出勤にお気をつけて」
「ありがとうございます」
フェリから紙袋を貰い、俺は歩き出した。
道すがら、中に入ったパンを食べる。一日経っていても、この美味さだ。さすが王室に食されているパンだ。
「だめよ! フレデリック!」
俺が城の階段を上ってすぐに聞こえた第一声がこれだった。これは、声の主──アレットのウエディングドレスが完成したのだろう。
「だって気になるじゃないか。大切な日の、特別な人が着る服だよ?」
それに続くのが、我が主フレデリックだ。
「だめったらだめ。今年の秋まで取っておいて頂戴」
俺が駆けつけてみると、城の小部屋の前にすがるフレデリックの姿と、傍らで肩を竦めているフランシスと、慌てるセルジュの姿があった。
「おはよう、シャルル」
フランシスは片手を上げる。
「キミには珍しいね、遅刻なんて」
「寝坊したのだ」
俺はこうべを垂れた。フレデリックは俺に気がつく事なく、扉にすがりついている。
「おはようございます、フレデリック様」
俺は言った。すると、フレデリックは俺を見た。
「おはよう、シャルル。珍しく遅刻だね」
同じ事を言うな。
「すみません、寝坊をいたしまして……」
「大丈夫。勤怠表には九時から出勤って書いてあるから」
手抜きしてる! まぁ、しょうがないか。
「それよりも、酷いのだよ、アレットはウエディングドレス姿を見せてくれないのだ」
「それはしょうがない事です」
と、俺は諭した。
「花嫁は誰だって未来の夫に晴れの日の姿を当日に見せたいものです」
「そうなのかい?」
フレデリックは言った。
「そうだよ、フレデリック様。秋が来たら見られるのだから、今は耐えようよ」
フランシスがフレデリックを慰めていた。
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