第七百九十章 カジミール二世2
墓守の歌を聴きながら、俺は疑問を持った。確か、カジミール二世に始めに嫁いだのはアナベルと言う娘で、子供も設けたはずだ。
なにより、歴史書に書いてあった”母の死”が書かれていない。
これは、ラフォンの演出で、あえて歴史をねじ曲げたのか。その時だった。
「私はアナベル。殺された姉に変わって、カジミール二世に嫁ぐ……」
ウエディングドレスに身を包んだ、エステルが再びあらわれた。
「彼女はアナベル。カジミール二世によって殺された最初の妻の年の離れた妹」
まるで糸を手繰るような仕草をして、墓守は歌った。アナベルも、それに引かれるかのように、ゆっくりと繰り糸人形のように前へ進む。
「そうして、彼の最後の花嫁」
墓守は告げる。
「最後の花嫁か……」
思わず俺は口に出していた。
「ご主人?」
エタンが振り向く。
「いや、なんでもない。舞台に集中して良い。主人からの命令だ」
前を向いたまま、俺は言った。
まさか、最初の妻と書かれているアナベル妃を、最後の花嫁に持ってくるとは。さすが鬼才とされるラフォンの新作だ。客席からも、ざわめきが聞こえてくる。
舞台裏で、にやりと笑う猫の演出家の姿が目に浮かんだ。
「姉はなぜ死んだのか……どうしてだろう、この地はどこか血生臭い」
アナベルは歌い、光が当たったカジミール二世に寄り添う。そうして、まるで客席を民衆に見立て、結婚式のパレードのように、二人で手を振った。脇から、結婚式の祝福の声が聞こえる。墓守はどこか楽しげに、それを見守っていた。
やがて、盆は回り、カジミール二世の寝室になる。ガウン姿のカジミール二世と、ゆったりとしたシルエットのアナベルが、背景の同じ扉から出てきた。そうして、二人は同じ寝台に入る。
カジミール二世は既に六十代後半となっていて、頭の毛は半分ほど抜け、代わりに口の回りに髭を蓄えている。しかしその瞳は若い頃と同じくぎらぎらと光り、底知れない狂気を感じさせた。
「おぉ、お前が最後の妻になるだろう」
彼は年の離れたアナベルを抱き締める。
「どうか、今までの妻のようにならんようにな」
「それは、あなたのお人形となれと言う事でしょうか?」
アナベルは歌う。それはどこか透き通った水溜まりに石を投げ込んだような、不思議な香りがした。カジミール二世も、そのような顔をしてアナベルを観ているのだろう。
「妻よ、お前も拷問を受けたいのか?」
「いいえ、血にまみれた王様。私は、姉の死を弔うためにこの地にやって来ました。カジミール二世様。どうか、姉を殺した事を悔いてはいないのですか?」
「あの女は生意気だった」
カジミール二世は歌った。
「私の気を狂わせたのはあの女だ! お前もあの女のように、腱を切られ、何度も短剣で刺されたいのか!」
「……そうでしたのね」
アナベルは優しく彼を抱き締めた。
「あなたは、ただ、こうして抱き締められたかっただけ……まるで小さな子供のよう」
「あぁ……そうなのだろうか」
娘の腕に抱かれ、老いた王は呟く。
「そうだったのかも知れない。もう、逆らう臣下すら火刑台に送った私に、もう味方はいない……」
「私がおりますわ、あなた」
アナベルは優しい口調で話す。しかし、その手にはナイフが握られ──
「さようなら。血にまみれた王」
カジミール二世の背中を刺した。
墓守の笑い声が、カジミール二世の悲鳴を聞こえないほどに響く。ばさりとした音が響き、奥の幕が降りた。
「これでカジミール二世の御代は終わり──そうこれからは」
と、墓守は高笑いをして、まとった布を取り去った。そこには、着飾った女王の姿があった。
「私こそ、本当の王者。エリザベート! 愚民たちよ、ひれ伏せ、這いつくばれ!」
彼女の声と共に、舞台は暗転し、幕を閉じた。
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