第七百八十九章 カジミール二世1
やがて、劇場は暗くなり、オーケストラの音合わせも静かになった。指揮者の挨拶のないままに、序曲が奏でられる。ざわついたのは客席だ。
いつもと、違うのだから。
「これは……」
珍しくエタンが動揺している。彼のその姿を見たのは、新年コンサート以来だ。
間も無く序曲が終わり、上手にスポットライトがあたる。ぼろぼろの布を頭から被ったその者は、静かに歌い出した。
「私はラングロ朝から王族の牢番をしているものです……」
低音だが、これは紛れもないマルグリット・フランソワーズの声だ。
「もう既に、ラングロ朝は斜陽……クォーツ朝が始まろうとしております。しかし、神は私をここに縛り付けている」
彼女は続ける。
「あぁ、なんて酷い神なのかしら? 私がどんな罪を犯したと言うのか……」
そう歌い、墓守を照らすライトは消えた。
すぐに舞台に光が差し、王の間のセットになった。やはり、いつの時代も王の間は同じようなものだ。
数段の階を上った王座まで、赤い絨毯が続いている。その先──王座に足を組んで座るアンリ・ジョフレイの姿があった。クロードの時は髭を生やしていたが、今回は若い役とあって、それはなかった。彼は元々童顔な為、髭がすこぶる似合わない。ラフォンもそれを知っているのだろう。
「カジミール二世陛下! 花嫁が入らしております」
若い男の声がする。
「入れ」
頬杖をつき、彼は言った。袖から、白いヴェールを被った妻役のエステル・ピアフがあらわれる。彼女は振り返ると、
「あぁ、幸せだわ、私は、国王の最初で最後の花嫁になるのよ……」
どこか野心家のように、エステルは歌う。
「娘よ、我が妻よ。こちらに来い」
「はい」
と、彼女は膝を折った。
「ヴェールの他には?」
カジミール二世は言う。
「ヴェールの他に、花嫁衣装はないのか?」
エステルはおどろいたように、
「この場で、結婚式を!?」
そう歌う。
「私はそのつもりだった。嫁入り道具は既に城に運び込まれているはずだからな」
「わかりました。過去には青い衣裳で結婚式を行った例もあります。私も幸いに青いドレス。あなたの花嫁になりましょう」
と、立ち上がったカジミール二世と並び立った。
「皆のもの! これが、私の初めての妻だ。顔を覚えるように」
そう言って、彼は妻の被った白いヴェールの裾をたくし上げ、接吻した。
こうして、一番目の妻との生活が幕を上げた。カジミール二世は酷いかんしゃく持ちで、妻を困らせた。時に彼女に拳を上げる事もあり、だんだんと二人の間は冷めていった。
「私は、間違えていたのかしら?」
眠るカジミール二世の寝台、彼の眠る隣で妻は歌った。
「夫は酷い人……耐えられないわ」
と、その時、
「カジミール二世に飽きてきたのか、この売女」
墓守があらわれ、カジミール二世を起こした。いや、彼は起きていた。起きていて、寝台にシーツの上にあぐらをかいた。
「私が嫌いか」
それはとても低い声で、俺でさえ知らなかったアンリの裏を観たかのような気持ちになった。
カジミール二世は短剣を掲げ、妻に襲いかかった。妻は悲鳴を上げ、逃げようとする。その片足首を掴み、夫は腱を切った。そうして、腕の力だけで逃げる彼女にのし掛かると、短剣で何度も彼女を突いた。妻の声が遠ざかり、息絶えた事を知ると、カジミール二世はゆらりと立ち上がった。その衣裳には、血が生々しくついている。
「最初の妻を殺した時に、彼の中にあるものが崩れた……」
墓守は歌う。
「それからは、新しい妻を娶れば殺し、気に入らなければ殺していった。それは、彼を叱る従者にまで広がり、彼を止める者はいなくなった」
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