第七百八十二章 来客
あまり見た事もなかったが、クォーツ城には中庭があるらしい。つまるところ、四角形の大きさの城の中に、もう一つ鳥籠のような中庭がある。そんな感じだ。
そんな城を、整った煉瓦の厚い壁が護っているのだ。
「んー」
俺は身体を伸ばし、寝台に飛び込んだ。思えば、昨日から寝ていない。疲れがたまっているのだろう。寝返りもおっくうなので、クッションに突っ伏したままに、眠る前の子守唄のように思考を巡らせた。
クォーツ国王都は、改めて見れば、そこそこ栄えている。しかしその裏で、スラム街が影を伸ばし始めている事も確かだ。
アイリスは、その事をわかっているのだろうか?
いかんいかん、主人の母親──ましてや女王を疑うなど、あってはならない事だ。
しかし……と、俺は思考する。
しかし、城の中で働く者に反アイリスの一派の存在を聞いた事がない。マルチノン伯爵夫人は外部の人間だ。その他の民主主義の貴族たちも、城には舞踏会くらいしか足を踏み入れないだろう。
いや、待て。
今年の秋には、民主主義者──アレットがフレデリックに嫁ぐのだ。
これは一波乱あるかもしれないな。そんな事を考え、俺は意識を手離していた。
次に目を覚ましたのは、扉が叩かれた音が聞こえた時だった。
「シャルル・ドゥイエ男爵様。お食事をお持ちいたしました」
この声は例のプードルの声だ。
「ありがたい」
俺は寝台から下りて、扉に歩み寄った。
「扉の前に置いておいてくれ。一応、俺は濃厚接触者だ」
「わかりました」
と、彼女は、
「お食事はローストチキンとカブのスープ、春野菜のサラダになります」
そう言って、盆の置かれる音と共に、去っていったようだった。
一応、しばらく時間を設けてから、鍵をひねり、扉を開いた。食事は、扉のちょうど横に置かれている。以前アイリスの結婚式で怪我をした際に、傷が深すぎて家に帰れなくなり、その時に行われ、並ぶはずだったローストチキンを食べた事がある。味が変わっていなければ、相当な贅沢を俺はする事になる。厨房も、一つだけ別の食事を用意するのも面倒だろう。恐らく、王族と同じ食べ物だ。
俺は盆を持って、静かに部屋の中に入った。夜目で見えるが、部屋は漆黒の闇に包まれているだろう。盆をテーブルの上に置くと、火打ち石でロウソクに火を灯し、俺は部屋に点在する燭台に明かりを点けて回った。そうして、最後に食事を置いたテーブルの上にロウソク立てを置き、椅子に座った。
辺りを見回す。勿論、誰も見ていない。俺は、ローストチキンの骨の部分を手に、かぶりついた。微かな炭火の味と、まろやかなソースの味が口の中で広がった。変わっていない。美味い。
その他のメニューも美味く、全食花丸で俺は食事を平らげた。再び盆を持って、扉の前に行く。扉を開き、その横に盆を置いた。ごちそうさまでした。
「なにをするかな」
部屋に戻り、俺は考える。トランプでもあれば、いつかのマウロではないが、トランプタワーを作る事も考えられる。唯一あったサイドテーブルに付いた本棚には、バイブルがひっそりと置かれていて、そのくらいしか暇を潰せないようだ。外から、盆を回収する音が聞こえる。食器が音を立てたので、見えなくても確認できた。
俺は寝台に座り、バイブルを開く。そこにはこの世界の成り立ちと、人の誕生の歴史が刻まれていた。面白いな。そう、バイブルに夢中になっている時、軽く誰かが扉を叩いた。
「……シャルル、いる?」
「アイ、リス様?」
え、なんだ? アイリスの声がする。俺は寝台から飛び降り、扉に近づいた。聞き間違えではなければ、確かに女王、アイリスの声だ。忘れられない、絵美の声だ。
「フレデリックから聞いたわ。どうしても気になってしまって……来てしまったの」
と、扉越しに彼女は言った。
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