第七百八十一章 フレデリックが不在の時
確かにそうだ。俺たちは目配せしあった。
「大丈夫だよ、兵士たちもいるし。僕だってもう子供じゃない」
フレデリックは扉の取っ手を持ち、
「では、行ってくるよ」
そう言った。すると、
「私も玄関ホールまでご一緒しますよ、皇太子殿下」
今度こそ本当に帰る準備を整えたブランシュが言った。
「行きましょう」
「そうだね。疫病がどんな具合だったか、僕も母上に伝えなければ」
二人はそう言って、部屋を出ていった。あうう、アイリスがどんな顔をして息子を迎えるか気になるじゃないか。
「さて、ボクたちはどうしようか」
残された濃厚接触者三人は、椅子に座りため息を吐く。一応、効くかはわからないが、疫病が治る特効薬を飲んでいる。疫病の潜伏期感からして、まだまだ元気なのは確かだからだ。
「あ、シーツを変えるのを手伝ってよ」
急に椅子から立ち上がり、フランシスが言った。
「はい、先輩!」
セルジュがそれに倣い、立ち上がった。
「セルジュが来てくれるのだったら、シャルルは部屋の中を見ていれば良いよ。従者が三人がかりでシーツを変えたとアイリス様に知られたら、フレデリック様附きの召使いが叱られてしまう」
「己の仕事を俺たちに任せたって?」
俺は足を組んだ。
「そう! あくまでもボクたちはフレデリック様を護る役目だからね。シーツの交換とか、カーテンを変えるとか、普段はやらない事だろう? ──あ、セルジュ、クッションを絨毯の上に置いて」
後輩に命令しながら、フランシスは言葉を紡ぐ。
「あ、はい! 先輩!」
クッションを両手いっぱいに抱え、セルジュは必死についてくる。
喜劇のようで、思わず笑ってしまった。
「なんだよシャルルー」
フランシスは頬を膨らませる。
「いや、お前たちのやり取りが面白くてな」
「えぇ、そんなに?」
「シャルル先輩、自分もその気持ち、わかります」
クッションを日向に干しながら、セルジュは言った。良かった、同じ考えのやつがいた。
「セルジュ、クッションを干したらシーツの端を持って」
セルジュは頷いて、寝台に駆けて行き、シーツの端を持った。羽のようにふわりとシーツは広がり、寝台の上に降り立った。
フランシスは案外適役なのかもしれないと、俺はふと思った。シーツを広げるのも上手い上に、後輩に的確な指示も出せる。良い執事になるのではないだろうか。
もっとも、その役目はメイド長──ハウスキーパーが行う為、彼が嫌うスカートを履く事になるだろうが。
まぁ、そんな事はどうでもいい。俺はデキャンタを片手で持ち、杯にレモン水を入れて、口を付けた。氷によって冷やされた水は、その冷たさを喉に運ぶ。簡単な喜劇を観ながら、シャンパンのように、俺はレモン水を飲んでいた。
扉が開いたのは、俺がレモン水をちょうど飲み終えた時だった。フレデリックは入るなり、
「母上の許可がおりたよ! 僕の部屋の斜め前の部屋を使って良いって」
え、そんなところに部屋なんてあったの? 俺は思わず目を見開く。
「取り敢えず、シャルルはこのまま部屋に入ってもらうよ? 食事は部屋の前に置いたら三回ノックするから、それで摂れば良いって」
「はい、わかりました」
と、俺は答えた。そうして、フレデリックについて、部屋の外に出た。
壁の色に隠れていたが、確かに部屋は存在した。フレデリックが鍵を取り出し、扉を開ける。
「不自由な事があったら言ってくれよ、できうる限りの事はするから」
そう言って、扉は閉められた。外から鍵のかける音がする。軟禁だな、これは。しかし、内側からも鍵を開けられるので、そこまで厳しくはないのだろう。取り敢えず、俺は部屋の中を見回した。シャンデリアが下がり、天蓋付きの寝台がある。日の光りも入る為、中々良い部屋だ。
お読みいただきありがとうございます。
評価(下にある☆を★で埋める)、ブックマークの他、レビュー、感想等よろしければ書いてくださると幸いです。日々の創作の糧になります!
 





