第七百七十六章 免疫
「で、ボクたちはどうしようか」
ブランシュと向かい合った椅子に腰掛け、フランシスは言った。
「どうするとは?」
俺の言葉に、セルジュも駆け寄ってきた。
「あ、セルジュも来たね。フレデリック様も少し呼吸が楽になったみたいだから、今度はボクたちの問題がある」
座って、と、彼は言った。そうして、立っている俺に向かって、
「シャルルも座って? 勿論ボクの隣ね」
なんて恐ろしい時間だ。そんな事は言ってはいられないので、俺はそれに従い、少し席を離して座った。腕を伸ばしかけたフランシスが、届かないと見て、小さく打った舌打ちを、俺は忘れない。
「もうボクたちは疫病の感染者だよ。シャルル、キミだったらどうする?」
「ま、まぁ、治るまで外には出ないな」
俺は腕を組んだ。
「でも、ここはボクらの家じゃない……」
確かにそうだ。俺はしばらく悩んでから、
「城の客間を借りるか。広いばかりの城だ。余っているだろう」
と、答えた。
「えっ? ……あ、良いね、それ。ボクもそうしようと思っていたのだ」
嘘だ、今俺の話に乗っかっただけだろう。
「先輩、自分も賛成です。フレデリック様の病気が治り次第、各部屋に移りましょう」
セルジュが声を上げた。彼はブランシュを見て、
「先生、あなたはどうなさるのですか?」
すると、ブランシュは、
「私は朝になり次第一度帰らせて貰いますよ。エルフの誰かから、なにか便りが来ているかもしれませんから。それに、もう免疫がついているみたいでしてね。疫病にかかる事はもうないのかもしれないのですよ」
そう答えた。成る程。
「もしかして、一度かかったら、もうかからないと言う事?」
フランシスが頬杖をついた。後ろで、フレデリックの咳が聞こえてくる。
「あぁ、辛そうだなぁ……」
「エルフたちが早く特効薬を開発してくれれば良いのですがね」
ブランシュは言う。そして、付け足すように、
「人間はわかりませんが、獣人である我々は、一度かかったらもうかからないと言えるでしょうね。ですから、シャルル男爵の言う通り、城の部屋を仮住まいにするのは良い手段でしょう」
そう言った。
そんな事を話している間に、空は暗闇から青みを帯びてきていた。夜明けが近いのだ。
フレデリックは大分熱にうなされる事はなくなったようで、先ほどの体温は、平常値に下がっていた。サラマンダー、恐るべし。
「さて、私は一度帰らせていただきますよ。良い知らせがあれば、すぐに駆けつけます」
そう言って、町医者はカバンを手にした。
「あぁ、俺が開けます」
俺は踵を返した背中に向かって言った。そうして、扉を開ける。
「ありがたい」
そう言って、ブランシュは帰っていった。
フレデリックは咳き込む。それによって、目が覚めたようだった。
「……あれ? みん、な……いたの、かい?」
咳き込みながら、彼は言った。
「大事な主人のピンチです。帰るなんて事はできません」
俺は言った。
「なんだ、か……気分が……良いなぁ」
咳の合間に、彼は言葉を紡ぐ。
「熱が下がったからだよ、フレデリック様。沢山汗をかいたね。クッションを変えなくちゃ」
冷水に浸したタオルを絞り、額を拭いてやりながら、フランシスは言った。確かに、白いクッションには、滝のような汗のあとが染み付いている。
「でも、咳が残ってしまったね。熱も、またいつ上がってくるかわからないし」
「疫病は、怖いね……」
フレデリックは呟いた。
「母上や……兄上たちは、大丈夫……なのだろうか……」
酷い咳をしつつ、フレデリックは言った。本当に優しい方だ。己が今は一番辛いと言うのに。
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