第七百七十二章 疫病とフレデリック
「なんだと!?」
と、俺は召使いに詰め寄った。
「詳しい病状は」
「わ、私なんかの下っ端にわかりませんよ」
召使いの娘は目を泳がせる。まぁ、そうだよな。
「わかった。ありがとう。すまなかったな」
そう告げて、俺はフレデリックの部屋を目指した。
階段を上る足が、自然と早くなる。熱と言う事は、例の疫病だろうか。だとしたら、どこで感染した。細心の注意を払っていたはずだ。
下手をすれば、パンデミックだぞ。
そんな恐怖と不安が、俺の心を支配する。アイリスが感染したらどうする。彼女ももう良い年だ。最悪死にいたると言う疫病の影が、彼女の肩に手を伸ばす。セドリックからは聞かされてはいないが、彼の口ぶりだと、”死”という最悪のシナリオが、出来上がっているように見えた。
「フレデリック様!」
俺は声を張り上げ、フレデリックの部屋の扉を開いた。寝台に集まった猫たちの視線が、俺一点に集まる。
「キミ、いつも口を酸っぱくして言っている事を破ったね」
フランシスがにやりと笑った。そうだ、扉を叩くのを忘れていた。
「病状はどうなのだ」
寝台に歩み寄りながら、俺は尋ねた。
「四十度近い熱がありますな」
猫たちに隠れて見えなかったが、見知ったフレデリックの姿があった。
「ブランシュ先生……」
俺は町医者の名を呼んだ。
「王家専属の医師が人間と言う事で、急きょ私が呼ばれましたよ」
ブランシュは言葉を紡ぐ。
「なにせ──自分で言うのもなんですが、そこそこ腕がある獣人の医師が少ないですからね。城にパンを卸しているフィンチにでも聞いたのでしょうな。疫病の可能性もあり、私が呼ばれたと言う訳です」
「そうでしたか」
と、俺は言った。
「幸いのところ、フレデリック様の従者は全員獣人……軽い病状で済むと良いですな」
今ちょっと怖い事を言ったぞ、この医者。
肝心のフレデリックと言えば、敷き詰められたクッションに頭を埋め、苦しそうに息を吐いている。顔も赤く染まり、熱の高さを感じさせた。
「おはよう……シャルル」
そう言った彼の胸は、辛そうに上下を繰り返している。
「俺の事など構いません。安静になさっていてください」
「そんな……事、できないよ」
なおもフレデリックは言葉を継いだ。
「君は……僕にとっても、大切な猫……なのだから」
これはアイリスの押し売りか? 一瞬そう考えた己に、俺は軽く腹を立てた。今、主人が苦しがっている。それを見てやれ。
「フレデリック様本当に大丈夫ー?」
濡れたタオルでフレデリックの顔に流れた汗を拭ってやりながら、フランシスは言った。その言葉に、フレデリックは小さく頷いた。そうして、フランシスへと片手を伸ばし、
「心配を、かけて……すまないね。フランシス……」
「もう、そんな事当たり前じゃあないか。フレデリック様はボクたちの主人であり、家族にも近い存在なのだから」
最後の一言は余計だったが、彼なりの優しさなのだろう、良い事を言った。
「兎も角、エルフの煎じた薬を出しておきましょう。これで熱が下がれば良いのですが……」
カバンを開き、ブランシュは俺にも処方した薬を取り出した。
「先生、疫病の可能性は」
俺は問いかけた。ブランシュは首を振り、
「まだわかりません。疫病の他にも、たちの悪い風邪が流行っている事も確かなのです」
そう言った。
「この薬で、更に高熱が上がるようでしたら、それなりの覚悟が必要ですぞ」
「わかりました」
呆然としている俺に代わり、セルジュが言葉を返した。すると、ブランシュは静かに言った。
「兎も角、その際にはお呼びください」
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