第七百六十九章 獣人には比較的軽い事
皆腹が減っていたのか、なにも言わず料理をかっ込んだ所為で、肝心の事を言い忘れていた。
「皆、帰る前に聞いておきたい事がある」
誰かが立ち上がるのを待っていた面々に向かい、俺は言った。
「ど、どうしたのだ」
あまりにも真剣な顔をして言ったので、オリヴィエは慌てるように俺へと視線を向けた。皆の視線が、俺に集まる。緊張するじゃないか。
「この中で、一番スラム街──カースケェト街の近くに住んでいるものは誰だ?」
「俺だな」
と、シモンが手を上げた。
「カースケェト街が通り向こうのデイン街に住んでいる」
そう言えば、シモンはそんな事を話していた気がする。隼人としての記憶が戻る前、シャルル・ドゥイエに向かって。
「それが、どうしたのだ」
シモンが首を傾げた。
「いやな、他国で流行っていた疫病の病人が、スラム街で発見されたらしいのだ」
「え!?」
俺の言葉に、その場にいた誰もが立ち上り、おどろいた。ちょうど大皿を片付けに来た店主まで、それに加わっていたくらいだ。
「疫病って、どんな病気なんだよ」
マウロが尋ねてくる。
「獣人にはあまり症状も、後遺症も残らないらしい」
「なんだ、そうか……」
安心したように、シモンが椅子に座った。
「俺はあの事件以来、親父やお袋と住んでいるからな。二人とももう高齢だ。無事な老後を過ごさせてやりたい」
“あの事件”とは、彼の故郷、チルル村で起きた、ヤーコブと言う古竜の話だろう。
「そうか、お前の両親も、居づらくなったのか」
俺が言うと、
「まぁな。そんなところだ」
シモンは少しぶっきらぼうに答えた。
「で、獣人にはあまり症状がでない疫病の、なにが問題があるのだ?」
その言葉に、オリヴィエが俺の言葉を察したように、
「ばか、俺たちは銃士隊だぞ。獣人には、と言う事は人間には酷い病なのだろう? もし王族の関係の人間に移したらどうするのだ」
「……あっ」
事態を理解したのか、シモンも途端に真面目な顔つきになった。
「わかったか?」
もう一度座り直し、オリヴィエは言った。
「作戦を立てよう。皆、もう少し時間を割いて貰って良いか?」
と、彼が口火を切った。隊長命令だ。皆、一斉に座り直した。
「もし、シモンが疫病にかかったとする。病状は、どのようなものなのだ?」
オリヴィエは俺を見た。
「熱が出ると言っていた。あと、咳だ。それと後遺症で、目が見えなくなる」
「大変じゃないか!」
ディティエが声を張り上げた。
「感染力は非常に強いらしい。もしかしたら、カースケェト街全体が、疫病の病床となっているかもしれん」
俺は腕を組んだ。少し隣のフランシスが寂しそうな顔をする。真面目な話に、腕を絡められたら迷惑だ。
「それで、対策はどうなっているのだ」
オリヴィエが話を進める。
「あぁ。今、エルフたちが奔走しているらしい。新しい抗体を持つ薬を煎じたりな」
「成る程。それは、女王陛下の元に届いている情報なのか?」
「いや、わからん。大抵俺が梟屋に呼ばれる時はアイリス様の知らない水面下で動いている情報だ。もっとも、異国で疫病が流行っていると言う事は知っておられるようだがな」
「では、もしやクォーツ国王都で病人が出たと言う話は?」
「恐らく、ご存知ではないだろう」
しばらく言葉のキャッチボールをしていたが、オリヴィエがここで深いため息を吐いた。
「──参ったな」
本当にそれだ。俺はそれに対して続けた。
「獣人であると言う事、そうして城の塀の中に入る事のできるものとして、気を付けてほしいのだ」
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