第七百六十六章 桜のシロップ
「う……っ」
アイリスから発せられた言葉に、少し罪悪感の残るような眼差しでフレデリックはルドルフを見た。
「気にするな。俺とて、ままごとのような感覚だったのだ。お前が泣き出したら、すぐにシャルルが飛んできた」
「僕をあやす為かい?」
フレデリックがこちらを見るので、俺は無言で頷いた。
「やっぱり、フレデリック様も良く泣いたの?」
フランシスが間にはいる。そう言えば、彼はフレデリックが3才を迎えた頃に銃士隊から移動してきたのだったな。
「まぁまぁですね」
俺は肩を竦めた。
「おいおい、もうその話はなしにしてくれよ。言われている僕が恥ずかしいではないか」
苦笑しながら、フレデリックが言った。それをからかうのが楽しいのは、ルドルフも俺も同じようだ。
「兎も角、夕食にしましょう? 今日はローストチキンですって」
アイリスが間に入った。ローストチキンか。美味しそうだな。
どうせ、梟屋に寄った帰りは、いつもの銃士隊贔屓の酒場に行くだろう。とりあえずレッドカードは回収され、新しいものが出来上がるまで、時を要するだろう。本当は、警官隊に声をかけられるだけで十分なのだ。
しかし、いくら言われても繰り返す輩がいる。その為のレッドカードなのだ。
そう言えば、銃士隊時代に呼び止められた事はなかったな。少し疑問だ。
「まぁ、行こっか」
王族達が食堂に消えたのを見届け、俺たちは踵を返して歩き出した。ドーベルマンの護る門を抜け、町へと繰り出す。
「それじゃあ、ボクたちは先に酒場に行っているよ。絶対に来てね」
と、圧をかけるフランシスに、
「ちょっと、シャルル先輩の都合もありますし……」
後輩のセルジュがたしなめる。
「ま、まぁ、待ってるよ」
後輩に指摘され、恥ずかしくなったのか、頭を掻きながらフランシスは言った。それでよろしい。いつもそうだと良いな。
「同じベルヌール街にあるんだよねー」
道すがら、そんな事をフランシスは口ずさむ。
「そうだな。梟屋から少し行った先に酒場はあると記憶しているが?」
「正解ー!」
歩行者ようの道を三人並びで占拠して、彼は言った。
「と、言う事は、自分も梟屋の外見は見られると言う事ですね!」
なんにでも前向きに考える後輩は言った。確かにそうだ。なんで今まで気が付かなかったのだろう。
恐らく、梟屋が地味な色の建物だからだ。
やがて、路上の看板はベルヌール街へ矢印を向ける。すぐそこに、梟屋の看板が見えてきた。
「梟が看板に泊まっているから梟屋なんですね!」
セルジュは言う。それから、俺の耳元で、
「大変でしたら酒場に寄らなくても良いのですよ? 隊長やフランシス先輩にも言っておきますから」
ありがとう、優しい後輩。しかし、先輩は行かなければならないのだ。それが付き合いと言うものだ。そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。
二人が去ったあと、俺は梟屋の扉を開いた。来客を告げる鐘が鳴る。中には、幸いセドリックとソフィしかいなかった。そうして、やはり俺は真ん中の席のようだ。
「いらっしゃいませ、シャルル様。ご無沙汰しております」
グラスを磨きながら、店主は言った。
「マスター、季節のカクテルは?」
俺が席に座ると、店主がなにかを言う前に、セドリックが、
「遅かったな」
「すまない。アイリス様からの伝言で知ったのだ」
「まぁ良い。気にするな。今日は美味いカクテルがあるぞ? なぁ、マスター」
と、セドリックは顔を近づけた。え、気になる。
「はい、桜のシロップをジンと炭酸で割ったものがあります」
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