第七百六十五章 桜
「そうか、大変だったな」
と、俺の肩を叩き、ルドルフは言った。
「えー、ルドルフ様ボクたちもがんばったよー」
隣でフランシスが嘆く。それにあきれたように、
「はいはい、お前たちもがんばった」
と、片手づつフランシスとセルジュの肩に己の手を置いた。まるで子供をあやすようだ。
そう言えば、ルドルフはもう父親だったな。
「そう言えば、話に聞いているだけで、ボクはローザ姫を見ていないかもしれない……」
フランシスが言い出す。
「確かに、あの場にいなかったな……」
ルドルフが顎に手を寄せる。
「今はどんな感じなんだい?」
そうフランシスが言った時、
「それは私から話させてもらうわ」
エルがルドルフの前に出て言った。
「もう首も座って、私とジョエルの区別もつくようになったのよ? それに加えて……」
「く、加えて?」
もったいぶる母親にもてあそばれ、フランシスはハエを追う猫のように瞳を揺らがせた。いや、猫だけど。
「少し喋るようになったの!」
「なんだって!?」
それにおどろいたのはボニファーツの方だった。声を上げ、エルに近付いてくる。
「エル、それは本当かい?」
彼女に詰め寄り、ボニファーツは言った。それにフランシスも集まり、小さな騒ぎになった。
「おい、アイリス。僕たちの孫が喋れるようになったようだよ……」
その言葉に、
「あなた、フレデリックの時もそう言っていたわよ?」
と、苦笑した。
「でも、嬉しい事よね、わかるわ、エル」
「ありがとうございます! あと二ヶ月程で、私に抱えられてですが、食堂でご飯を食べられるようになるでしょう」
エルは膝を折った。
「そうね、その日が待ち遠しいわ」
アイリスは微笑む。
「アンドレとの仲は、どうなのかしら?」
彼女は問う。
「はい、至極良好で、良い遊び仲間になりそうです。でも……」
「でも?」
優しげな声が重なった。ボニファーツと、アイリスのものだ。
「喋れると言っても、声を発する事ぐらいなのです。私の事はママンと、やっと呼んでくれるようになりましたが、それ以外は、あー、うー、などと言うだけなのです」
成長が遅いのではないのでしょうか? と、エルは不安げに尋ねた。すると、アイリスが、
「大丈夫よ、フレデリックなんて、半年かかって喋れるようになったのよ?」
と、腰に手をあてた。
「えぇ!? 僕はそんなに遅かったのですか?」
フレデリックはおどろいたのは顔をした。
「そうよー、ナタリーと心配になった程。幸い、ルドルフがいたから、喋れるようになってからの言葉の成長は早かったけれどね」
ちらと、アイリスはルドルフを見た。彼は照れ臭そうに、
「絵本を読んでやったのは覚えている。描かれた蝶々を手で追っていてな。可愛かったぞ?」
どうやらルドルフは幼い頃から子育てのプロらしい。
「話を戻しますね、ローザとアンドレは、最近窓際で眠っています。もうおくるみは必要なくなって、簡単なヴェストをまとっております」
エルは続ける。
「窓の下からの桜はとても綺麗。ローザとアンドレはそれは薄紅色の葉に見えるらしくて、ぱっぱ、とゆりかごから起き上がり、二人して眺めております」
確かに、風に乗って散る桜は綺麗なものだ。この世界にはソメイヨシノはないはずだ。恐らく、少し早咲きの桜が接ぎ木されているのだろう。
「良い幼馴染みになりそうかしら?」
「そうですね、上手くいったら」
母親二人は笑い合う。
「母上、僕にはそのような存在はいませんでした!」
子供に戻ったような事を言う息子に、母は言った。
「あなたには優しいお兄様がいたでしょう?」
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