第七百五十二章 神様の気紛れ
「いや、そのような事はありませんよ」
マウロは照れ臭そうに頭を掻いた。
「皆が、猫の習性を殺してまで、王家に使える義務を理解しただけです」
なんだか敬語のマウロはむず痒いな。しかし、一つだけ言える事がある。
彼もまた、変わったのだ。
「どうしますか? 模擬戦でも、見ていきますか?」
オリヴィエが提案する。
「その事なんだけど……」
アイリスは少し間を開けてから、
「ソフィからね、先端の丸い練習用のレイピアを使うならば、模擬戦をしても良いと言われているのよ」
「え!?」
突然の事に、銃士隊隊長並びに副隊長はおどろいた顔をした。
「な、ならばどうしましょうか?」
困ったようにオリヴィエは言葉を濁す。当たり前だ、練習用と言っても、相手をするのは一国の女王なのだ。
「相手は誰でも良いのよ。久しぶりに身体を動かしたい。それだけだから」
笑顔でそんな事を言う女王に、オリヴィエが困ったような素振りを見せた。
それを悟ったのか、アイリスは、
「べ、別に私は戦わなくても大丈夫よ? 言ってみただけだから」
「いえいえ、女王陛下に気を使われるものではありません」
オリヴィエは俺を見て、
「シャルルとはどうでしょう? 船の上での雪辱を晴らせますよ」
この猫、俺に振りやがった。俺は尻尾を揺らす。不機嫌な時の合図だ。
「母上とシャルルは、戦った事はあるのですか?」
と、フレデリックは純粋に聞いてくる。
「そうね、二回ほど戦った事があるわ」
アイリスは答えた。
「一回目が初めて逢った時、そうして、二回目は旅の途中で、時間潰しに。なにもかも懐かしい思い出よ」
「それは、練習用のものではなく?」
好奇心に逆らえないと言う風に、フレデリックは問いを重ねる。
「そうね、生身のレイピアを使ったわ。こう見えても、私は剣術指南役の教師を殺してしまう事で有名だったのよ?」
「アイリス様」
背後に立っていたセドリックが声をかける。
「あまり自慢できる事でもありませんよ」
確かにそうだな。俺は心の中で頷いた。
「そう──シャルルがあらわれるまで、私は井の中の蛙だった……それを教えてくれたのが、シャルルなのよ」
遠い昔に想いを馳せるように、アイリスは言う。
「懐かしいわ。ねぇシャルル、模擬戦をしましょう?」
そんなダンスに誘うように言われてもな。俺は少し悩んでから、
「わかりました。お相手いたしましょう」
と、彼女の誘いに乗った。
結論を言ってしまうと、アイリスは俺に負けてしまった。当たり前の事だ、俺には一応なりともチート能力がある。年を重ねても、それはなくならないようだ。
しかし、アイリスもさすがと言えるほど、若い日に戦ったままの戦い方で、俺を攻めてきた。
「負けてしまったわ」
レイピアをオリヴィエに返しながら、アイリスは言った。その声は、どこか沈んでいる。
「アイリス様、服に泥がついていますよ」
ソフィが駆け寄り、言葉を紡いだ。
「やっぱり、強いわね。シャルル」
アイリスが言う。
いつか、俺に勝てるものがあらわれれば、俺は王都を去って故郷のマーシ村に戻ろうと考えている。例え両親が死んでいても、家は残っているだろう。
もっとも、そのような事はないだろうが。
俺は、なぜこの世界にチート能力を持って転生したのか。普通小説に出てくるように、苛めをうけて自殺していたり、社畜だった事もない。単なる一男子高校生でしかなかったのだ。
神と言うものは気紛れだと言うが、正にその通りだ。
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