第七十五章 街角のハムサンド
「あー、触られるかと思ってドキドキした……」
王宮を背に、フランシスは己を抱き締めた。確かに俺たちの中で一番心地よさそうなのは三毛猫のフランシスだ。オリヴィエも中々のもふもふ加減だが、それよりも威厳が勝っている。触るなオーラと言うべきだろうか。
「フランシスはもふもふしているから、触りたくなるのよ」
と、アイリスは言った。
「でもボクは触られるの、更に女に触られるのが大嫌いなんだよ、姫様……」
緊張の糸が途切れたのか、彼の声には力が籠っていない。
空を見上げれば、太陽は真上にある。昼食時だ。
「昼食はいかがなさいますか?」
と、オリヴィエがアイリスへ問うた。
「王宮に行く道の途中で美味しそうなハムサンドを売っている屋台があったわ。それが食べてみたい」
え、見てなかった。
「わかりました」
オリヴィエは答える。
「良いよ! 美味しそうだったもんね」
「確かに食べてみたくなるハムサンドだったな」
フランシスとマウロがそれに続く。え? 本当に見てないの俺だけ?
オリヴィエを先頭に、来た道を戻る。その途中、噴水広場で、件の屋台は存在していた。フランスパンのように細長いパンに、横に亀裂を入れ、そこに粒マスタード、マーガリン、そうしてハムを挟んだ簡易なものだ。
「一つ8オーロだよ」
と、店の主は俺たちを見ると言った。中々リーズナブルな値段だ。オリヴィエが金貨を出し、吊りを貰う。そうして、出来上がったハムサンドを皆に行き渡るように回して行った。
「あそこに腰かけられるかしら」
と、噴水の縁を指さし、アイリスは言う。
「そうですね」
オリヴィエもそれに続き、俺たちを手まねいた。
皆各々縁に腰かけ、ハムサンドを口にする。まず、パンは外はパリッとしていて、中はしっとりとしている。粒マスタードはぴりりとした辛さがあったが、マーガリンとハムの奏でる味の伴奏のように感じた。ハムは始めは薄いと思ったが、あとから風味が出てきて、美味なものだった。
「美味しいね」
と、俺の隣に腰かけたフランシスが言う。マントの下で、尻尾が揺れているのがわかった。
「そうだな」
俺が答えると、フランシスは喜んだように見えた。己が良いと思った味を肯定される。一番嬉しい事だろう。
ハムサンドも食べ終わり、さて、あとは宿に帰るだけだ。
「他にどこか寄ってみたいと思う場所はございませんか?」
アイリスの隣に座ったオリヴィエが尋ねる。
「うーん、特にはないかしら。宿屋さんに戻りましょう?」
と、アイリスは言った。
「わかりました」
オリヴィエは言い、立ち上がった。
道すがら、花屋を見付け、アイリスは立ち止まる。
「どうかなさいましたか?」
オリヴィエが聞くと、
「いいえ、私の花があったから」
「姫様の花?」
と、皆で覗きこむ。中央を目掛けて、朝露のように黄色い色が走る、赤い花だ。
「アイリス、って言うのよ」
そう言えば船でカクテルを頼んだ時に、赤いカクテルが出た気がする。
「良い匂い……」
と、フランシスはうっとりと言った。食べちゃだめですよ。
「宿屋さんの受付に飾ってあった花が枯れかけていたから、買っていって上げても良いかしら?」
「どうぞ。喜ばれると思いますよ」
「ありがとう」
アイリスは答えると、十本程のアイリスを買い、意気揚々と腕に抱えて帰ってきた。
「まだ十代だろ? ロマンチストだねぇ」
それを見ていたフランシスが腕を組む。
「本当にお前ほどひねくれていない」
俺が言うと、
「どうせボクはひがみ屋ですよー」
と、フランシスは舌を出す。
「そんな事言ってないよ」
俺は彼の背中を叩いた。
宿に戻ると、やはり受付の花は枯れたままだった。店主に話し、アイリスが花を手渡すと、
「ありがとうございます……!」
救世主のように礼をされた。
「いいえ、ちょっと気になっただけだから」
アイリスが言うと、
「申し訳ありませんが、試させていただきました。綺麗なお花をありがとうございます」店主は続けた。「やはりクォーツ国の継承権第一位の方……良い為政者になるでしょう」
「あ、ありがとう」
なんだか恥ずかしいわ、と、アイリスは苦笑した。





