第七百四十六章 ファーストキス
「え!?」
おどろいたのは俺の方だった。勿論、フレデリックとアレットも一瞬にして顔が赤くなったが、それより先に、俺の声が部屋にこだました。
「ばか、なんて事を聞くのだ!」
無理矢理フランシスの頭を押さえ、こうべを垂れさせて俺は言った。
「だ、だって気になるんだもん」
「仮にも皇太子殿下にタメ口の上に、思春期に尋ねてはいけない質問だぞ!」
するとフレデリックが、
「大丈夫だよ、シャルル」
そう言って、下着姿のアレットの元へと歩いていった。
「本当は、こんな形じゃなくやりたかったのだけれどね」
「……え?」
頬を捉えられ、アレットは目を見開いた。
「その顔、とても美しいよ」
フレデリックは言って、そのまま口づけを交わした。辺りが騒然とする。当たり前だ、皇太子とその花嫁のファーストキスを目の当たりにしてしまったのだ。
やがて唇を離すと、おどろきに更に頬を染めたアレットを抱き締めた。それにアレットが、
「これ以上はだめよ? フレデリック。結婚の初夜での話になるわ……」
おおう、大人の会話だ。フレデリックは身体を離し、
「ごめんごめん、思わずね」
と、頭を掻いた。
「で、いつまで私の下着姿を晒させるつもり? そろそろ寒いわ」
フレデリックの鼻の先を人差し指で押して、アレットは言った。
「そうだったね。それじゃあ、楽しみにしているよ」
「ドレス姿が見られるのは本当に結婚式の当日よ?」
アレットは腰に手をやった。
「あぁ。楽しみにしているよ」
そう言って、フレデリックはセルジュの開いた扉をくぐった。
「フレデリック様ったら大胆ー」
扉が閉まり、中の音が聞こえなくなった時、フランシスがフレデリックを小突いた。
いや、乗せたのはお前だろう。
「いやぁ、キスって、こんなに恥ずかしいものなのだね」
16才の皇太子は再び頭を掻いた。
「でも、結婚式の時のデモンストレーションができた。ありがとう、フランシス」
フレデリック様、そんなやつを誉めてもなにも出ませんよ。
「え、ありがとう」
調子に乗って、フランシスは舞い上がっている。俺はその肩を抱き、
「そのくらいにしておけ」
と、低い声で囁いた。すると、彼はうっとりとした声色で、
「キミの低い声、最高」
そう呟く始末だ。俺はそんなやり取りを見るセルジュに、
「やつはこう言うやつなのだ。慣れろ。それしか言えん」
と、言った。
「は、はぁ」
再び壁に頭をつけて落ち込んでいるフレデリックの背中を擦りながら、後輩は頷いた。優しくとは言え、追い出された事にはかわりない。
落ち込むよね、わかる。その気持ち。
俺はふと、前世に想いを馳せる。男子の着替え部屋が一つの部屋で、女子が教室で着替えるのだ。なので、体育の授業の前には、必ず男子は追い出される。そうして、狭い部屋で見たくもない同性の裸を見ながら、着替えるのだ。
それに比べれば、こんな事はへでもない。
「大丈夫ですよ」
項垂れるフレデリックを慰めるように、俺は言った。
「寸法が終われば、また逢えますから」
そうだ、彼らは逢う事ができるのだ。俺と絵美とは、違うのだ。
「そうだね……シャルル」
薄暗い声が聞こえてくる。
「将来を誓った者同士です。これから、今までよりも深い関係になるのです」
「シャルルの言う通りだよ、フレデリック様。先にお部屋に戻ろう?」
フランシスの言葉に、フレデリックは頷いた。
お読みいただきありがとうございます。
評価(下にある☆を★で埋める)、ブックマークの他、レビュー、感想等よろしければ書いてくださると幸いです。日々の創作の糧になります!
 





