第七十四章 取り消せない告白
翌朝、俺が目を覚ますと、フランシスが一人起きていた。
「おはよう」
「おはよ」あくび混じりに彼は言った。他の皆は未だ夢から覚める事はない。「ねぇ、シャルル」
と、彼は話しかけてくる。
「な、なんだ?」
俺が聞くと、
「昨日、聞いていたよ」
フランシスは足を組み、頬杖をついた。
「え?」
恐る恐る俺は言葉を聞き返す。
「厄介だね。流れであれ、キミは”愛している”って言ってしまった」
聞かれていた──サァと身体の熱が下がる思いがする。
「それは流れじゃない」
俺が言うと、フランシスは立ち上がり、俺の襟首を掴んで部屋の外へ出た。外は宿屋の主人が慌ただしげに朝食の準備に追われている。
「流れじゃなかったらなんて事だ! 姫様を連れて逃げる? キミがそんな事をしたら、ボクたちは反逆罪としてキミを処刑しなければならない!」
そんな事、させないでくれよ……と、半分潤み声でフランシスは言った。
「わかった、誰も連れ去ろうなんておもっちゃいないよ」
俺は続ける。
「本当?」
フランシスが力を緩めた。
「あぁ。だがしかし、誰にも内緒の話はある」
「なに?」
その辺りは聞いてなかったのね。
「秘密だぞ?」
と、俺は声を潜める。
「うん」
フランシスは頷いた。
「国に着いたら、俺は銃士隊を抜けて、姫様の進言で姫様の従者になる。この旅は、信頼の置ける従者を選ぶ目的もあったらしい」
「えぇ?!」
「ばか、聞こえたらどうすんだ!」
彼が声を張り上げたので、慌てて俺は彼の口を手で塞いだ。
「あ、ごめん」と、フランシスは謝罪する。わかったならよろしい。「それじゃあ、キミは銃士隊を抜ける事になるのか?」
「恐らく、そうなるだろう」
すると、彼は俯き、
「そうか。寂しくなるね」静かに言った。「でも、ボクの家から通うって手もあるよね」
などと言い出す。そんな事誰がするか。
「俺は俺の家がある」
と、やんわりとかわした。
その時、
「おはようございます。朝食ですよ!」
宿の主人がロールパンの入ったバスケットに、鍋を抱えて階段を上ってきた。匂いからして、ポトフのようだ。
「戻るか」
「そうだね」
少し白けてしまった。俺とフランシスは主人と共に、部屋へと入った。
「お、帰ってきたな」
作り出されて行く食卓から目を反らし、オリヴィエは言った。もう皆起きている。
今朝の献立は、やはりポトフとロールパンだった。低温発酵させたパンは仄かにバターが香り、焼きたてで温かい。ポトフはソーセージと厚切りベーコンが良い味を出している。パンに浸して食べると、コンソメの味とパンのバターの味が合わさり、更に美味しいものに変わる。
「美味しいわ」
旅に出た当初こそパンにスープを浸す事を躊躇っていたアイリスだったが、今はなんの疑いもなしに俺たちと同じようにスープをパンに浸けて食べている。姫様、これを王と王妃の前でやったら確実に銃士隊へ苦情がくるのでやめてくださいね。
「旨ぇ……」
久しぶりの食事のように、マウロは感嘆のため息を吐く。
「さて、今日は私のおばに当たる、メラルダ国の王妃、ロクサーヌおば様に逢いに行こうと思っています」食事のあと、アイリスは言った。「全員で行きたいのだけど……良いかしら」
「別にかまいませんよ」
と、オリヴィエが言った。
「俺も良いぜ」
マウロもそれに続く。
「ボ、ボクも構わないよ」
ジャスミーヌ妃からのトラウマで、フランシスが微かに震えたのを俺は見逃さなかった。
宿屋の外へ出、馬車ではなく歩いて王宮を目指す事にした。馬車にしなかったのは、単に置き場が見つかるかわからなかったからだ。
城下町を歩いていると、中央の噴水広場で、楽士がリヤーマを弾いていた。リヤーマとは、この世界に存在する、琵琶に近い弦楽器だ。客のリクエストに答え、リヤーマを奏でる姿は、どこか誇らしげだ。
「姫様、急ぎましょう」
足を止めたアイリスを促し、オリヴィエは先を急ごうとする。
「金貨を数枚頂戴?」
と、アイリスは言う。
「わかりました」
オリヴィエは懐から袋を取り出し、幾枚かの金貨をアイリスに手渡した。
「ありがとう」アイリスは頷き、楽士の前に金貨を置いた。「素晴らしい演奏でした。また機会があれば聴かせてください」
「ありがとうございます」
鈴のような声が返された。アイリスは満足したようで、踵を返し、俺たちへと向かって来た。
「それでは、行きましょう」
アイリスが言う。
再び奏でられたリヤーマの音色が遠ざかる。もう王宮は、目と鼻の先だ。
王宮では、いかつい牛の門番が二人、鼻を荒げ、門を護っていた。
「何者だ」
と、一人が言う。
「クォーツ国のアイリス・ド・ラ・マラン・クォーツと申します。ロクサーヌ妃に謁見を」
アイリスはネックレスを見せた。それを見た門番は顔色を変え、
「これは正しくクォーツ国王の物……失礼しました。どうぞお通り下さい」
と、道を開けた。
「いいえ、大丈夫よ。みんな、行きましょう」
「は!」
このやり取り久々だなぁ。そう思いながら、俺たちはアイリスに続いた。
王宮に入ると、まず広間に釣り下がる巨大なシャンデリアが目に入った。それを包み込むように左右に階段が伸び、一階二階と吹抜けになっている。観光客のように辺りをきょろきょろと見回していると、オリヴィエから肘でつつかれた。
やがて、一人の従者らしき人間が近付いて来、
「お待たせして申し訳ありません。今伝達がありました。アイリス様とその従者様方ですね?」と、幾度か頷きつつ言った。「ロクサーヌ妃がお待ちです。どうぞ、私についていらしてください」
従者の先導で、左側の階段を上り少し歩くと、豪華に飾り付けられた部屋の前に辿り着いた。
「ロクサーヌ様、アイリス様がいらっしゃいました」
扉を叩き、従者は声を張り上げる。
「どうぞ」
と、返事が返された。柔らかな声だ。
「ささ、どうぞ」
従者は扉を開き、道を開けた。
部屋に入ると、俺たち銃士は跪いた。許可がなければ、ロクサーヌの顔を見る事すらできない立場なのだ。
「お久しぶりね、アイリス」
「おば様こそ、お変わりなく美しくあられて」
美しい。ちょっと気になる。
「後ろに控えているのが、あなたの従者?」
ロクサーヌの言葉に、
「彼らは護衛ですわ。普段は銃士隊に身を置く者たちです」
と、アイリスが答える。
「まぁ、そうなのね。こんなに可愛い猫さんたちなのに。こうべを上げて。顔が見てみたいわ」
「は!」
皆で声を合わせ、顔を上げる。ロクサーヌは金の髪を持つ、彫刻のような面差しの、美しい妃だった。彼女は花がほころぶように頬笑んだ。
「本当に可愛いわ」フランシスがトラウマに震えるのがわかる。しかしロクサーヌは、そう言って俺たちに近付く事はなかった。「眺めているだけで私は構わないわ」
命拾いしたな、フランシス。
「アイリス、もう国へ帰るの?」
と、ロクサーヌは尋ねる。
「はい、世界中を回って参りました」
「楽しかった?」
ロクサーヌの発言に、アイリスは満面の笑みで、
「はい!」
と、言った。
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