第七百三十章 エルフの年齢
「あら、そうなの?」
ソフィがわざとらしく首を傾げる。
「知らなかったのか?」
と、セドリックが言うと、
「あなたがまだ若い方のエルフだと言う事は知っていたわよ」
などと言う答えが返された。ソフィさん、セドリックさんが軽く落ち込んでいます。
「エルフは、どうやって年を重ねるのだ?」
不意に不思議に思い、俺は尋ねていた。
「お前こそ知らなかったのか」
同僚に冷やかされたエルフは、顔を上げる。
「あぁ。知らん。都会育ちでもないし、故郷にエルフはいなかったからな」
「そうか……」
セドリックの表情が、少し得意気になった。
「エルフは生まれてから二十歳までは普通のヒトのように育つ。それから、見た目は十年毎に一歳年を取るのだ。俺は50才で王都へ出てきたから、今は37才くらいになる」
サンドイッチを口にしながら、セドリックは言った。あれ?
「そう言えば、以前ボケか始まるとか言っていなかったか?」
ジャーマンを食べ終えた俺は言った。
「見た目だと言っただろう。中身は老年だ。しかし、俺よりももっと年上のエルフは沢山いる。俺は若輩者の一人さ」
セドリックは肩を竦めた。
「では、ライとは幾つくらい離れているのだ?」
「彼の方が年上の筈だぞ?」
エルフは言った。
「45才くらいはいっているはずだ」
「成る程」
俺は頷いた。そうか、だからあの時ライはレティシアに向かって、”こんなエルフのおじさんを走らせて”と、言ったのか。
「どちらにしても、中身はお爺さんと言う事ね」
ソフィがざっくりとまとめた。セドリックは少し不服そうだったが、間も無く俺たちを見て、
「まぁ、そうだな」
と、折れた。
「そう言えば、シャルル」
ご年齢も謎のままのソフィは問うて来る。
「なんだ?」
俺が振り向くと、
「次のオペラの話だけれど……マルグリット・フランソワーズはなにを演じるの? カジミール二世にはたしか、五人の妻がいたはずよね? その中の一人かしら」
「いや、アンリの話だと、狂言回しの墓守の役だと言っていた。舞台自体も、そんなに派手ではないらしい」
するとソフィは、
「そうねぇ、ラングロ朝の終わりの頃は質素な服装が貴族の間でも流行っていたみたいだし……少し血生臭い舞台になりそうね」
そう言った。俺は苦笑して、
「確かにそうだな」
と、頭を掻いた。ラングロ朝なんてアンリから言われて初めて知りましたなどとここでは言えない。
「しかし、アンリ・ジョフレイも久しぶりの主演でしょう。緊張はしていなかった?」
昼食を食べ終えたソフィは頬杖をつく。
「俺とはいつもの時間を過ごしていた。だが、今回は本当に座長のようでな。オフであれ、少しぴりぴりしていた」
「あのアンリがねぇ」
ソフィが遠い目をして見せる。そうだよな、己がパトロネスをしていたオペラ歌手の恋人で、駆け出しの新人の頃から知っているのだ。その気持ち、少しわかる。
「しかし、メイドの品格は面白かったわね。知っている? あれ、元は失敗作だったのよ?」
「えぇ!?」
俺は声を張り上げていた。
「それをラフォンが掘り起こして、演出を大幅に変えて台に乗せたらしいわよ」
さすがに私も初演は観た事はないけどね、と、ソフィは言葉を添えた。
俺は懐中時計を見る。十二時五十五分。そろそろ玄関ホールに行かなければならない。だが、もう少しこの場に浸っていたい。アイリスを護っていた頃の、追憶の詰まったこの部屋に。
「そろそろ時間ね。行きましょうか」
ソフィは立ち上がる。セドリックも既に昼食を済ませていて、荷物に布をしまっていた。
そうして俺が扉を開き、皆で外へ出た。玄関ホールには、王族やその従者たちが集まっていた。
お読みいただきありがとうございます。
評価(下にある☆を★で埋める)、ブックマークの他、レビュー、感想等よろしければ書いてくださると幸いです。日々の創作の糧になります!
 





