第七百二十八章 革命に消えた黄昏の女王
「あ、お昼だね」
時を告げた柱時計を見遣り、フレデリックは言った。
「本は午後に返しにいこう」
慌てたのは俺たちだ。てっきり、昼休みの間に返してくるように命じられると思っていたからだ。
「我々が、返しておきますよ?」
と、俺が言うと、
「いや、僕が返しにいきたいのだ。ついでに、エリザベート一世についも興味を持った」
まさかまた本を取りに行くのではないだろうか。従者全員で顔を見合わせる。
「ラングロ朝の黄昏の、革命に消えた最後の女王……なんだかわくわくしないかい?」
確かにわくわくする。口には出さないけど。
「だから、エリザベート一世についての書物が欲しいのだ」
「……わかりました」
俺たちは折れて答えた。
「フレデリック様、お食事の時間です。早く食堂へ」
「わかっているよ」
本を机に置いて、フレデリックは立ち上がった。
セルジュが扉を開き、皆で外に出る。廊下は、もう寒く感じない季節だ。
軽く早足で食堂へ向かうと、階段を下りた先、食堂前の玄関ホールで、アイリスとその従者たちが待っていた。どうやら、二番目のようだ。
「あら、フレデリック」
早かったわね、と、アイリスは言葉を紡ぐ。そうして、彼女の視線は彼から俺に移った。
「シャルル、昨日アンリと会食したのですって? 新しいオペラの話は聞けたのかしら?」
目的はそれですか。この母にして息子あり。オペラへの興味は尽きないらしい。秘密事項だと言われていたが、アイリスにならば話して大丈夫だろう。
彼女は、王座に縛り付けられ、滅多な事では外には出られないのだから。
幸い、召使いたちも昼食の準備に駆り出されているのか姿が見えない。話してしまうか。
「はい、クォーツ朝の前……ラングロ朝の王だったカジミール二世について、画かれるらしいです。しかも、ラフォンの新作で」
「新作!?」
と、アイリスが声を上げたので、セドリックとソフィが慌てて振り返った。
「どうかなさいましたか?」
セドリックが駆けてくる。
「なんでもないわ、セドリック。次回のオペラの話よ」
「成る程。余りにも大きなお声だったので、おどろきました」
「あら、ごめんなさい?」
女王とその従者はいつもの会話を繰り返す。それを間近で見なくなって、十六年ほどか。もう少し、あの雰囲気に浸かっていたかったな。
「アイリス様は、カジミール二世をご存じで?」
俺が尋ねると、
「家庭教師から習ったわよ? 血にまみれた王、そう呼ばれていたのよね?」
アイリスまではカジミール二世の事を習っているのか。フレデリックも、習ったような事を言っていた。
ならば、破かれたのはここ最近と言う事か。アイリスが命じたのだろうか。いや、違うだろう。教育は確りと。それが、彼女の教育方針だ。
「実は母上」
フレデリックは母に歩み寄り、言った。
「城の書庫から、カジミール二世と、その娘……エリザベート一世の書かれた事柄が破かれていたのです」
「……なんですって!?」
アイリスはおどろいたようだった。どうやら、彼女はエリザベート一世の事も習っているようだった。
「歴史を曲げる事だわ……いったい誰が」
「母上が、命じられたのではないのですか?」
息子が首を傾げた。
「どんな出来事でも、歴史は正しく。それが私の教育方針よ? 命じる訳がないわ」
「イーヴ、宰相?」
フレデリックは恐る恐る言った。
「いいえ、イーヴがそのような事をする訳がない。恐らく、その前の宰相、クレチアンが命じたのかもしれない」
確かに、クレチアンならばやりかねない。俺はフレデリックの隣で、大きく頷いた。
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